欲望【hope】




「いつきも早くおにごっこしてあそぼうよ!ねっ、はやくはやく!」

私を誘う幼い少年の声は、全く持って自分自身と同様のものだった。

「…ぼくはいい、…ここにいる」

私はゆらゆらと揺れ動くブランコに身を預けながら、下唇をきつく噛んで目の前の少年から顔を背けた。

皆と一緒に遊んだら、あの子と比較されるに決まっている。同じ顔をしてるのに、どうしてそんなにお前はつまらないんだ、って。あの子は皆と仲良く出来るのに、どうしてお前は出来ないんだ、って。

「いつきはぼくのことが嫌いなの?どうしていっつもぼくとあそんでくれないの?」
「…きらいじゃない、…よ」

両手をギュッと握りしめながら、私はあまりにも小さすぎる声を漏らした。

今でも鮮明に覚えているのは、同じ顔をした少年が纏う雰囲気は眩いばかりの光彩を放っていて、光り輝く一等星のようだったこと。
私はそれに対して羨ましいという思いを常に抱きつつも、星屑を掴むのは不可能だということを悟っていたこと。

「もう、しらない!…いつきなんて、だいっきらい!」

その少年は私から顔を背けると、皆が楽しそうに遊んでいる方向へと体を向けた。

「もうぜったいさそわないからねっ!ずーっとひとりぼっちでいればいいじゃん!」

私はその子の背中を見続けることしかできなかった。
手を力なく伸ばすことは出来ても、ブランコから立ち上がって彼を追いかけることは出来なかった。

「―かける…、行かないでっ…!」

弱虫で意気地なしの私は、顔を歪めながら少年の名を小さく呼んだ。













「…翔、」

人の名前を持たなかった曖昧でぼやけた記憶が、今私が存在する現実とはっきりと繋がった。

シロのイスに座っていたあの子。
いつもいつも、羨望の念を抱いてならなかったあの子。
あまりに羨ましくて、私はいつもあの子のようになりたかった。
明るくて活発で、「僕」とは正反対だった、笑顔の眩しい姿が夜空を彩る星空となって過去の思い出に煌めく。

あれは、私の作り上げた嘘の記憶ではなかったのだ。なりたい自分を理想化するあまり、勝手に脳裏で創造してしまった自分ではなかったのだ。
母を取られることを恐れて一人怯えていた記憶も、クロのイスにただ一人ポツン、と座っていた記憶も。全部全部本当のことだったんだ。

「花宮翔…」 

ゆらゆらと不安定に揺れるブランコがギイ、と錆びついた音を立てた。
閑散としたちっぽけな公園には誰一人として存在していなくて、紅色と茜色を織り交ぜた夕日が徐々に地平線に近づいていく。

何故今まで、気が付かなかったのだろう。こんなにも重要なことを、どうして忘れていられたのだろう。

自分の置かれている状況が俗に言う「普通」から掛け離れているということは薄々分かっていた。けれどもしかしたら、分かろうとしていなかったのかもしれない。
母が私に与えようとしている愛情は正常なものではないと。それを死に物狂いで受け取ろうとしている私も、感覚が正常なものではなくなってしまっていると。

母の期待が、私の塗り固められた嘘を更に肥大される。
こうなるくらいなら、最初から母の手を振り払っていればよかった?
「お母さんの期待になんか、応えられないよ。僕は僕なんだから」って。



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