tears【涙】





「戻りましたー」

ガヤガヤと騒がしい声が中から沢山聞こえてくるのを感じ取りながら、俺は教室の中へ足を踏み入れる。

―すげえ、超いっぱい人いるじゃん…

予想以上に多くのお客さんを獲得することに成功した俺達は、数えきれない数のお客さんを文芸部のカフェへと案内した。
そのお客さん全員が多田のことを見つめてははっとした表情を浮かべたり顔を一瞬にして赤らめたりしたもんだから、「やっぱり多田は人目を引くんだよなあ」なんて改めて考えてしまったりして。
元が良いのに付随してギャルソンの格好なんてしていたら、人目を引かない訳がないのだ。

「…はあ、疲れた……」

全身に蔓延した疲労が言葉となって口から零れだした時、教室の奥の方に座る人に目が釘付けになった。

―…あ。
あれは、いつぞや見た多田と一緒に歩いてた綺麗な人じゃねえか。
綺麗なものだけ掻き集めて擬人化した…、到底この世に存在する人間だとは思えない、桜の花びらのような人間。

「―あ、会長!」

俺がそのあまりの綺麗さに目を奪われていると、その人の隣に座っていた短髪で切れ長の瞳の奴がそう言った。

「―探しましたよ…会長。ずっと探してたんですから」

彼はそう言葉を続けると、多田のいる方向へとスタスタ歩みを進める。
それに続いて隣に座っていた例の綺麗な人も立ち上がり、後に続く。

ふわり、と桜が舞うかのようだった。
この二人の周りだけピンク色の桜の花びらがふわりふわりと舞って、甘酸っぱい雰囲気が取り囲んでいた。実際には桜の花びらなんて舞っている訳がないんだけど、見えないエフェクトがキラキラと二人を飾っているような気がした。

「春乃、と一縷……」

多田が驚いた表情を浮かべた後に、口元だけ微かに微笑みながら小さく呟いた。

―はるの。

ああ、そうだ。確かそんな名前だったような気がする。
あの雨が降りしきる日、多田が「はるの」と呼んでいた記憶が脳裏に顕著に浮かび上がった。顔だけじゃなくて名前も綺麗だな、と思ったような記憶がある。

「わー!会長凄くギャルソンの格好似合ってますね!前は執事の格好でしたけど、やっぱり会長は何を着ても様になるっていうか…」

その「はるの」が「いちる?」とやらに「ね、一縷もそう思うでしょ?」と目をキラキラさせながら疑問を投げかける。
いかにも和装が似合いそうな風貌をした「いちる」は、凛々しかった表情をへにゃっと崩してデレながら「思うよ」と口にした。

何なんだ、この甘い甘い空気は。
他人が迂闊に手出しをしてはいけないような二人だけの世界が目の前で繰り広げられている。



[36]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -