tears【涙】




「よおおおし!今日と明日の二日間で絶対に百部売る!絶対!多田君、頼んだよ!」

蓮華先輩の張り切った声が部屋中に木霊して、部員全員が「うげ、やべ」みたいな顔をした。

「今年は何たって大学きっての有名人、多田君を見方につけている!つまり私達に怖いものは何もない!文芸部の名を皆に知らしめるチャンスなんだよ…!」

「よしっ!」と彼女は言いながら出来上がったばかりの文芸誌を手に取った。

「ほら、雨谷君もイケメン客引き組として頑張って貰うんだからね?まさか学園祭とかクソめんどくせえな、とか考えてたんじゃないでしょうねえ…」

―学園祭。
勿論のこと、めんどくさいとは思っていない。ただ、あまりにも蓮華先輩の気合いが入りすぎていて、その異様なテンションに着いていけないだけだ。

一つ突っこんでいいだろうか。
去年はこんなに気合い入ってなかったじゃねえか!
俺の記憶を辿ると、去年の学園祭は刷った文芸誌の部数だって少なかったし、「学園祭を適当に楽しめればいいよね」という感じだった。
それが何で今年はこんなことになっているんだか。
文芸部が学園祭でカフェを出すのは昨年同様だけど、その衣装から何からやたら気合いが入っている。あのまったりムードはどこにいったんだ?

「多田君と雨谷君にはギャルソンの格好をして客引きに行ってもらいます!じゃんじゃんお客さんを連れてきてください!」

ビシッと顔を指差しながらそう言われた俺と多田は、お互いに顔を見合わせて「…はあ」と困り果てた呟きを零した。










「雨谷君、あの蓮華先輩の異常なやる気は何なんでしょうか…」

文芸誌の見本とカフェのメニュー看板を渡され、部屋から放り出された俺達は困り果てながらトボトボと歩みを進める。

「今年は多田が入部したからってのが一番だと思うけど、それにしてもおかしいよな…」

学祭への訪問者、そしてここの生徒達。
ひっきりなしに前からやってくる人の波に呑まれながらも、俺達は人が一番集まりそうな大広間を目指して歩みを進める。

―花宮のこと、どうなった?
喉の辺りで停滞している言葉を出さないようにするのが精一杯な俺は、正直な話事実を知りたくてしょうがない。

多田と花宮が邂逅してしまったことは、謂わば俺が蒔いた種だと言えるだろう。
あの日俺が酔っ払って酩酊することがなければ、花宮と出会うこともなかっただろうし。

運命の因果みてえだな。
頭の中に浮かんだ言葉は、あの二人の存在が必然によって結ばれたものなのでは?という勝手な確証だった。他人である俺がグイグイ首を突っ込んでいい案件でもないだろうし。
大体、双子だって決まった訳でもないし。ああ、むしゃくしゃする。

「高校の時も、学祭の時にこんなような格好をしたんです」

雑踏に呑まれているせいで聞こえ辛い声は、神経を傾けてやっと聞こえるレベルだった。

「…高校って、例の海京学園?」

そう尋ねると、多田は「そうです。高三の時に、カフェをやって…。うん、楽しかったですね」と小さく呟いた。

「男子校の学祭とか、想像つかねえな。俺は普通の共学だったから、全然分かんないわ」

そっか。この人男子校出身だったんだ。しかも知らない人はいない程の有名で優秀な学校なんだった。

「恐らくやっていることは共学も男子校も同じですよ。カフェをやったり、お化け屋敷をやったり…」
「確かに一緒だけど、実際目にしたら全然違うんだろうな…。やっぱり同性だけってのは、異様な雰囲気がありそうだし」

そう口にしてしまってから、「あ、ヤバい」と思った。
多田にとっては中高と六年間過ごしてきた海京学園での生活が全てなのに、それが多田の世界を遍く作り上げてきたと言うのに、それを否定するかのような言葉を述べてしまったことに。

「…そうですよね…」

やっとのことで人だらけの大広間に到着した俺達は、気まずい雰囲気のまま互いにポツンと佇む。

―やっぱり多田とは住む世界が違い過ぎて、何を話したらいいのか分からない。
だってこいつ、綺麗な世界しか見せられてこなかった感じがひしひしと伝わってくんだもん。

多田の目元がクシャ、っとほんの少し苦しそうに歪められたことにはすぐに気がついた。
普通なら確実に気付くことはないであろう微々たる表情の変化。
けど俺は、あの入学式の時も、梅雨の季節に知り合いと歩いていた時も、多田の茶褐色の瞳が揺れ動いたことが分かった。

多田は感情を大きく表に出すことを恐れている。彼の内面にあるボロボロの心は、固く冷え切ってるんじゃないだろうか…?



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