brightness【光】
「…すみません、俺達花宮の知り合いなんですけど。スタッフに声かければ分かるって言われてて…」
一時間程のライブが終了し、俺は明らかにいつもと様子が違う多田を差し置いてスタッフに声を掛けた。
正直言って売れてないバンドのライブなんてお遊びみたいなもので、レベルの低いものだと思っていた。けど、実際は全く違っていた。
ここまで一つの世界観がきちんと完成されているのに、どうして売れないんだ?って疑問に思わずにはいられないレベルだったし、このバンドには確実に素質が備わってると確信せずにはいられなかった。
「あ、はい。話は聞いてるんで…、じゃ、こっちにどうぞ。」
素っ気ないスタッフに案内されて、俺達は関係者用通路に通して貰った。物凄くせまい通路を抜けていくと、いかにも舞台裏っぽいごちゃごちゃした場所へと辿り着く。
「…花宮さん」
バンドメンバーと楽しそうに話している花宮にスタッフが声をかけると、彼は「ん?何?」と言いながら俺達のいる方向に目を向けた。
ああ、やっぱりそっくりなんだよなあ、と改めて再認識しつつ、背後にそっと立つ多田と目配せをする。
「おー、雫月!…マジで来てくれたんじゃん!さっきライブ中に俺の生き写しみたいな人と目があってさ…。びっくりし過ぎて頭が真っ白になった。…後ろにいる人、だよな?」
他のバンドメンバーが花宮に「…知り合い?」と不思議そうに尋ねるのを耳にしながら、俺は「…この人、だけど、」と多田の背中をそっと押した。
花宮の表情が驚愕に満ちたのが分かった。
人間っていうのは本当に驚いた時は全く声を発せられなくなる生き物で、頭の中が空っぽになったかのような感覚に陥るものだ。
「……樹、」
「……翔、」
暫くの沈黙の後、合わせ鏡の様相をした二人は全く同じタイミングでお互いの名前を発した。
雰囲気こそ正反対なものの、やはり多田と花宮は「たまたまよく似ていた」では済まない程に何もかもがそっくりで、双方が無関係であるということは到底考えられなかった。
「あれ、俺何で名前知ってるんだろう?え、何で……?」
花宮が呆然と呟いた。その表情は驚きとか焦りとか、そういうもの全て飛び越えて未知の領域に陥っているような心情をよく表していた。
「…っ、君、誕生日は…?」
花宮に視線をばっちり合わせたまま完璧に固まってしまった多田は、またも呆然と「…八月、二日です」とポツンと呟いた。
この二人を取り囲んでいるバンドメンバーとスタッフ、そして俺は、明らかに只事ではないこの状況をただただ外から俯瞰することしか出来ない。
類稀に見ない美しさを具現化したかのような人間が二人も同じ場に存在していて、しかもそれが双子のようにそっくりだとしたら皆が押し黙るのも当然だろう。
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