brightness【光】




思い描いていたよりも窮屈でこじんまりとした空間が現れたことにビックリしつつ、観客スペースの隅っこの方に多田と陣取る。

―その時だった。

「あれ…?翔君…?」

恐らく花宮のバンドのファンであろう女子達から突然声をかけられた。驚愕と歓喜の念が混ざり合った表情を浮かべながら多田を見つめる彼女達が、花宮と多田を見間違えているということは直ぐに分かった。

「すいません、その人は俺の連れなんです。花宮とは別人なので」

「えっ、翔君じゃないの?…でも……あっ、でも翔君は眼鏡もしてないし、よく見たら髪型だって違いますね…?うそ……こんなにそっくりな人、いるんだ…」

薄暗い会場内では、はっきりと顔かたちを認識するのは難しいはずだ。それでも彼女達が多田のことを翔と呼んだのは、それほどに双方が似ているから。恐らく、そうだ。

「花宮?」

隣に佇む多田が不思議そうな口調で呟いた。

「っ、ヤバい!声まで翔君とそっくりだ!えっ、本当に翔君と無関係なんですか?」

「凄くない?」「鳥肌立ったもん!」などと口々に言い合いながら多田のことを凝視する彼女達のテンションは再骨頂にまで達しているだろうな、っていうレベルで。

「雨谷君…、花宮、って―――」

多田が言葉を言いかけた刹那、会場内で流れ続けていた音楽がピタッと止んだ。

薄暗かった会場が完全に暗闇に包まれ、静寂に包まれる。その異様な雰囲気に俺は戸惑いを隠せないと同時に、正体不明の不安感が胸を掠めた。小さなステージの上部から眩いばかりのスポットライトが降り注ぎ、幻想的な別世界の雰囲気がキラキラと今俺がいる現実世界に広がる。

「―――Licht Regen!Licht Regen!Licht Regen!」

観客達の一体感溢れる掛け声が空間中に響き渡った。
この状況に多田は耐えられるのか?と心配になった俺は、そろそろと横を向いて彼の様子を確認しようと試みた―のだが。

「…凄い…」

多田の口から漏れだしたのは俺の予想したものとは全く違っていて、しかも彼の表情がキラキラと輝いていたものだから、俺は心底驚いた。

「―――Licht Regen!Licht Regen!Licht Regen!」

掛け声の大きさが先程よりも格段にボリュームを増して、ステージには光の雫が舞い落ちる。

「いえーーーい!今日は来てくれてありがとーーー!!!」

マイク越しに響き渡る花宮の声と共に、舞台上に四人の人影が現れた。

ボーカル、ベース、ギター、ドラム。
花宮が手にしているのは真っ黄色に塗装されたベースで、その華奢な肩からは茶色のストラップがかかっている。

「おー!今日は満席じゃん!めっちゃ嬉しい!初めて来てくれた人もいるから、とりあえず手始めに一曲演奏しちゃうよーーー!」

花宮達のあまりの眩しさに、俺は目が引きつけられて離すことが出来なかった。
自分を包み隠さずに人生を謳歌する、ってきっとこういうことなんだろうな。眩しくて、煌びやかな…。

「…翔」

隣から微かに聞こえてきたのは、多田には一度も伝えていない花宮の名前だった。
暗いせいで表情が良く垣間見えないけど、多田の瞳が溢れんばかりに見開かれているのははっきりと確認出来る。

―翔、って言ったよな?
―やっぱり知り合い?それとも肉親?でも花宮は多田のこと知らなさそうだったし…。

「この曲はバンドが上手くいかなくて辞めてしまおうかと思った時に、泣きながら作った曲です。いつも作詞はボーカルに任せっきりだったんだけど、この曲は生まれて初めて俺が作詞をしました。人間には二律背反する醜い感情があるけど、そういうもの全部ひっくるめて自分を愛せたらいいな、と俺は思うんです。
…聞いてください。 ―brightness―」



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