up and down




「うわ、二段ベッドだあ…」


ここは月明かりに照らされた二人部屋。ほんのりと明るい窓辺は、どうしてだろう?
まるで他の世界にいるみたいだな、なんて思ってしまう。


僕達はラトヴィッジの勉強会に参加するためにここへやって来た。
四大公爵家の者がこのような行事を休む訳には勿論、いかない。
エリオットは「めんどくせえな」と言っていたけどあれでも一応ナイトレイ家の嫡子だから、仕方のないことだと思う。
そしてここはラトヴィッジの所有する宿泊施設。さすが名門校なだけあって施設の格が違う。時代の趣と、風流を感じられる素晴らしい場所。感嘆せざるおえない。


―お偉いさんを沢山輩出してるだけあって、やっぱり凄いんだな…とつくづく感じる。


だけど―。


「どうして二段ベッドなんだよっ!!!!」


僕の後ろ、つまりは入り口の側で息を切らしながら声を発したエリオットは続けざまに「意味わかんねぇ…」と呟いた。


「本当にね。他のところは感激しちゃうくらい凄かったのに」


そう。勉強を終え部屋へと案内された僕達が見たものは、広々とした部屋に何故か置かれた二段ベッド。
正直に言って…ううん、言わなくてもこの空間には浮いていた。
そしてそのすぐ側には怒り浸透気味のエリオット。


「どうしてくれんだ…ゆっくり寝れると思ってたのによ」


「何?もしかしてエリオット、二段ベッドが嫌いなの?」


「嫌いもなにも、どう考えてもおかしいだろ!この空間に二段ベッドは!何考えてやがんだ…」


「まあいいじゃない。楽しそうだしね」


「はあ?リーオ、お前さっき『他のところは感激しちゃうくらい凄かったのに…』とか言ってたじゃねえか!
嫌じゃねえのかよ?」


「え、別に?むしろ楽しそうじゃない?」


「…楽しくねえだろ!!!!全然!」



―え、そうかな?
なんだかんだ言ってエリオットだって十分楽しそうじゃないか。




けど、一つだけ…怖いことがある。
夜中になって、エリオットが苦しそうに魘されているのを見るのが怖いんのだ。
いつもと違う弱々しい彼を見ているのが辛いんだ。



「じゃあエリオット、僕が上ね」


「っ…!何勝手に決めてんだっ!普通そういうのは主の俺が決めることだろ!」


「だーめ、もう決めちゃったからさ」


「はぁ…」とエリオットがため息をついた。多分、「散々な1日だ」とか思ってるんだろう。



違うよ、エリオット。
僕がああ言ったのはエリオットが魘されたとき、すぐに助けたいからだよ。
エリオットが大切だから、ああ言ったんだよ。


――
――――
――――――
――――――――――
――――――――――――――


すっかり真夜中に近づいた静寂の時間―


僕は、寝れなかった。
いや、心配で寝ることが出来ないと言った方がいい。
ここのところエリオットは毎日あの夢に魘されている。



「もういやだ…こんな夢…!」



そう言いながら泣きそうになっている彼を見ているのはあまりにも痛々しくて、何とかしてあげられないかな?と僕は毎日毎日考える。
何もしてあげられない自分自身がもどかしくて堪らない。
誰よりもエリオットが大切なのに、大好きなのに…


「はあっ…はあっ…」と不規則に聞こえてくる音は紛れもなく彼が魘されている証拠で、
僕は堪らず彼の元へと向かっていた―。


「エリオット?ねえ、大丈夫?」


うっすらと目を開けたエリオットは意識もまばらでまだ魘された記憶の中にいるみたいだ。


「…リーオ…?あれ…?俺…また魘されて………もう、…もういやだ…こんな夢…!」


ほらね、また弱々しい口調でそう言う。
心配なんだ、君のことが…
心配で心配で堪らないんだ…


「ん…?どうしてリーオがここに…?」


「君が心配で仕方なかったから降りてきたんだよ。君は一人だと寝れないみたいだから僕が一緒に寝てあげるね」


暗闇の中でも分かる程、エリオットの頬が赤くなるのが分かった。


「ちょっ!おま…!何布団の中に入って来てるんだよ!」


僕の体とエリオットの体が触れて、心が欲望で満たされてゆく。


「さすがにこれはまずいだろ!どうしたんだよリーオ?」


「やだ、どかない…エリオットと一緒にいるから……だめ?」


自分でもどうしてしまったんだろう、と思うくらい感情のコントロールが効かなくなってしまっていた。
僕にはエリオットしかいない。だから、彼がいなくなってしまったら僕はどうしたらいいの?
そんな思いが溢れて抑えきれない。


「お前は…本当に使えねぇ従者だな。俺のことが心配で降りてきた癖に、自分が寂しくなってこの様かよ…」


「うるさい…君だって魘されて辛かったんだからお互い様だよ。
…ねえ、エリオット。僕のことどう思ってる?ちゃんと君の視界の中に僕は居れてるのかな?」


「そんなの、お前は誰よりも大切だと思ってるに決まってるじゃねえか。今だってこんなに近くにいて…」


「僕がベッドを上にしたのだって、エリオットが心配だったからだ。僕は君のことが大切で、好きで堪らないんだよ…
分かってくれる?」


「なんだよ…そんなことずっと考えてたのかよ…」


ふいにエリオットに僕は抱き締められていた。
ベッドの中で抱き締められたものだから、不覚にも鼓動が早くなる。



「エリオット、好きだよ…」



紡ぎ出せた言葉はただそれだけだけど、ちゃんと気持ちは伝わったかな?
僕のこの気持ち、分かってくれたかな?



「ちゃんと全部分かってる」



次の瞬間、耳元で囁かれたその言葉―
“心でも見透かしたの?”と言いたかったけど、口に出すのはやめた。
いつまでもこの刹那のような時が続けばいいと思ったから。


―だから今はこのままでいていい?エリオット。


「やっぱりエリオットには僕がいなくちゃだめだなあ…いや、違うかな。そんなのは言い訳で、
僕がエリオットがいなくちゃだめなのかもね…ってあれ、エリオット?寝ちゃったの?」

場違いというか何というか。僕を抱き締めたままエリオットは眠ってしまったらしい。
起こしてやろうかとも思ったが、彼の寝顔を見てその思いはすぐに掻き消された。だってその顔にはもう弱々しさがなくて、ほっとしたから。


「…まったく…かわいいなぁ…」



夜はどんどん更けていく。


―今日ばかりは自分の感情に甘えて、彼と二人でこうしていてもいいよね?


僕は心の中で呟いた。






○おまけ○



「おい!リーオ!どうしたらベッドがこんな本の山になんだよ?今日で帰るんだからさっさと片さないとまずいだろ!」


「君は下のベッドで見えないんだから問題ないよ。下のベッドだからね。」


「二回も同じことを言うんじゃねえ!」



続けざまに聞こえたのは『ゴンッ』という鈍い音。


「っ、いってぇ…」

「?なに、エリオット…頭ぶつけたの?下のベッドだからねー。かわいそうに」


「何回も同じことを言うな!」


「あはは…僕のこと怒ろうとして立ち上がったら頭ぶつけるなんてドジだなぁ、エリオット」


「てめえはまずその減らず口をどうにかしろ…!」





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