brightness【光】




俺はとにかく、関係性に一縷の望みを残しておきたかったんだ。
もしも多田との関係性に望みの含みがあれば、糸が途切れてしまうことはない。
俺が蒔いたあまりに馬鹿な種を放置しておけば、多田と和解することが出来るかもしれない。

「…雨谷君、こんな目立つ所で…、わざわざ謝らなくても…ははっ…」

―え、笑ってる…?

小さな笑い声が目の前から聞こえた時、自分の耳を疑った。悪い結果になることを恐れるあまり、ありもしない良い結果を創造してしまったのかと思った。

「顔を上げてください。…このままでは、大学内で有名人になってしまいますよ」

多田の言葉が現実世界で形作られているということが俄かに信じがたい。
無視されて、目も一切合わせてくれなくて、二度と話すことは不可能だと思っていた。

だって俺は、あんなにも酷いことをしでかしたんだから。人間として最低最悪、ゴミ以下の行動をしてしまった。理性が消失した挙げ句、傷付ける以上のことをしてしまった。

「酔っていたから。あの時はおかしかったんだ」

馬鹿げた弁解の言葉を並べた所で、許しを乞う理由にはならない。

「…雨谷君、顔を上げて」

俺の肩にそっと手が置かれたのが分かった。

「…多田…」

俺はタイルが張り巡らされた床だけを凝視していた瞳をゆっくりゆっくりと上方向へとずらしていくと、最終的に多田の色白な頬へと目を向けた。

「ほんっとうにごめん!謝っただけじゃ何も許されないのは分かってるんだ…」

これ以上の言葉が思い浮かばなかった。
無駄に格好をつけた謝罪の念を紡いだ所で、俺のしたことが消えることはない。過去はどんなに願ったって、歪な残滓を残したままなのだ。

「私は別に、怒ってる訳ではないんです。あれから…、あなたとの関係性が分からなくなって…。それで、どうしたらいいのか分からなくなってしまったんです」

褐色の瞳がゆらゆらと揺れた。肩に置かれた華奢な手に少しだけ力が込められる。

「怒ってないのか?俺、あんな人間として最悪なことをしたのに…」

脳裏に多田に襲いかかった時の記憶がフラッシュバックした。
歪められた悲痛な表情。目の縁から滴り落ちる涙。スベスベの真っ白な肌。そして、張り巡らされた無数の切り傷。

「確かにびっくりはしたし、戸惑いもしましたよ?けれど、怒りの感情よりも恐怖の感情の方が勝っていて…。何と表現したらいいのか、私自身分からないのですが…」
「ごめん…」

ありきたりな謝罪の言葉しか脳裏に浮かんでこなくて、俺はただただそれを呟くことしか出来ない。

「ちゃんと謝ってくれたので、もうそれだけで十分です。正直言うと私は、あなたには詫びる気持ちがないと思っていたんです。事実、二カ月間なんのアクションもなかったので、何とも思っていないのかと…」

俺達の横を通っていく生徒達の視線がナイフのようにグサグサと突き刺さる。
何たって、俺が今話しているのは大学中で有名な人間なのだから、その視線の理由も致し方がない。

「…ああ、ずっと謝りたかったんだけど、多田お前さ、全く目も合わせてくれないし、もう終わったわ…絶対許して貰えないと思って。だから、ずっとうじうじ悩んで謝れなかった。馬鹿みたいだな」

俺がそう言うと、多田は無邪気な子供のようにクスリと笑った。
その笑い方は花宮が浮かべていた笑みと皆目同様で、俺の胸はズキンと高鳴る。年相応の笑みを浮かべた多田は、いつもと違って本当の自分を露呈しているように伺えた。

ああ、やっぱり花宮にそっくりだ。

「あなたでも、悩むことがあるんですね。てっきり気にしない性格なのかと思ってましたよ」

ん?今結構酷いこと言われたよな?と思いつつも「普通に悩むに決まってるだろ」と俺は口に出した。

「…うん、じゃあ…、雨谷君。今日から改めてお願いしますね」

手を俺の肩から離しながら、多田は言った。



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