brightness【光】





仄かな秋風が足元を掠めた。

ついこの間までは唸るほどの暑さだったのに、もう季節は秋の匂いを乗せながら先へ先へと進んでいる。薄いジャケット一枚じゃ肌寒いよな、と思いつつ俺は静寂に包まれた周囲を見渡した。

「…和解…できんのかな…」

いい加減出席しなければ単位が危うい授業をサボってまで大学構内のベンチで物思いに耽っている俺の頭の中には、処理しきれないくらい多数のことがグルグルと回っていた。
あの多田そっくり、合わせ鏡のような花宮翔に介抱されてからは、思案しなければいけないことが更に増えた。

アイツ、花宮は自分でも自分のことを「適当人間」だと言っていたが、本当にその通りだと思う。先のことは全く深く考えずに、本能の思うがままにひたすら邁進して、「人生楽しければ問題なし!」な精神を突き通している。

つまり、多田とは正反対だ。多田が哀哭する百合の花だとしたら、花宮は満面の笑みを浮かべる向日葵の花で、二人を取り囲む雰囲気も黒と白、対極だった。 多田は黒?という感じでもないんだけど、心の深い所に抱えている何かが黒で塗りつぶされてる気がしたんだ。

何といっても花宮は出会ってすぐの人間に告白するような奴だからな?
一体何がどうしたら「ライブに来てくれない?」という話から、突然「雫月のことが好きになっちゃった」なんて話に飛ぶんだよ。脈絡は愚か好きになる時間すら存在してなかったんですが。
突然の告白に石像のように固まってしまった俺の姿を見て、花宮は「大丈夫、俺バイだからさ。安心して?」とにっこり微笑みながら言ったのだった。

…そういう問題じゃねえよ!
もう、どこから突っ込んだらいいのか分からない。

―じゃあとりあえず、友達からよろしくってことで。

携帯をゴソゴソと取り出しながら花宮は「メアド教えてー」と間延びした口調で呟いた。

―あんた、いつもこんなんなの?適当っつーか何も考えてないってか、直情径行型?

―あー、うんうんそう…。さっきも言ったけど、俺の親父って超放任だった訳ね。全然認知されないで生きてきたからなのか、こんなんになっちゃったんだよね。自分の感情には抗わずに生きて生きたいじゃん?

半ば強制的にメアドを交換させられた後は、花宮は告白の余韻を一切感じさせない普通の態度で接してきた。何歳なの?とか大学生?とかバイトしてるの?とか色々聞かれたからその質問に答えて、俺も彼に対して同様の質問を返した。

結果、分かったのは彼は俺と同い年だと言うこと。そして、バンド活動をしながらバイトで食い繋いでいる、ということで。
同い年だと分かった時は、益々俺の中の「多田樹と双子説」が信憑性を帯びた。多田の誕生日を知らないから、本当の所がどうなのかは分からないけど、冗談抜きで生き別れた双子なんじゃねえの?もしそうだったとしても、俺は激しく納得するけれど。

そして、花宮が所属しているバンドはLicht Regenと言うらしい。当初音の響きだけで「リヒトレーゲン」と聞いた際は、「何じゃそれ…?」と思ったが、詳しい意味を聞いたらちゃんと納得した。

―ドイツ語でLichtは光、Regenは雨。日本語で「雨の光」って意味なんだ。…綺麗でしょ?


雨の光。
何とも言えない響きだと思った。
半透明の水色の雫が、黄金の光と共にコンクリートの地面に落下してくる光景を思い描いてみる。淀んだ空の隙間から雨の光は、大層な美しさを孕んでいるに違いない。俺のちっぽけな想像力では到底追いつかないような幻想的な光景なんだろうな、と思う。

―雨が好きなのか?

そう小さく尋ねると、彼は「好きっていうより、記憶の中に出てくる自分が雨ばっかり眺めてたからさ。ザーザー降りまくってる雨を凝視しまくってた気がするんだ。けど、何かがおかしいんだよな…。物心ついてからの俺の記憶には雨なんて一切存在しないから、あの記憶はもしかして違う誰かのものなんじゃないか?とか思ったりしてさ」と途切れ途切れに言った。

俺はその言葉に対して何も返すことが出来なかった。

―もしかして、その記憶は多田のものなんじゃないのか…?

いつか多田を雨の降りしきる日に目撃した時、アイツの周りに纏わりつく雨は幻想的な響きを奏でていた。雨の雫がキラキラと周りで舞って、多田の持つ美しさをより一層美しいものへと変化させていた。どれもこれも俺の勝手な妄想だけど、どう考えても多田と花宮が無関係の人間だとは考えられない。

うーん、本当のとこが知りたい…。けど知りたくない…

仮にあの二人が肉親だとしたら、切り離されて暮らさなければならなかった理由があるはずで。
そんなことをしなければならない程複雑な事情があるんだとしたら、何も知らないまま過ごしていたほうが幸せなのでは?と他人ながらに思ったのだ。



[27]


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -