twins【同一の存在】





……………い、

………おーい………

………ねえ、そこの君………、


現実じゃないどこかの世界で微かな言葉が聞こえたような気がした。
ピクン、と指を小さく動かしてみると、自分が今すぐ吐きそうなくらい体調が悪いということがすぐに分かる。

頭が痛すぎて意識を保っていられない。
誰かの声がガンガンと脳裏で旋回しながら俺の微睡んだ意識を刺激してくる。

「ねえ、君!生きてる?」

耳元で聞いたことのある声がはっきりとした時、具合の悪さよりも「……まさか」という思いの方が勝った。

―…うう、死ぬかも……気持ちわる…。

アルコール中毒者並に酒を摂取しまくった俺の五感は、正確さを完全に欠いていてもしょうがないような状況だった。
そんなめちゃくちゃな状況下においても、今俺の耳元で言葉を発しているやつの声がアイツだという確証があった。

「多田…?」

突っ伏していた上半身をテーブルからゆっくりと離し、今すぐにでも倒れてしまいそうな体を何とか真っすぐに保ちながら恐る恐る瞼を開く。

まるで見てはいけないものを見る時のように。

チカチカと点滅する視界は、ぐらっと歪んでまともな色合いや輪郭を持っていなかった。けれど、時間が経つうちにその不鮮明さが鮮明な世界に変わってきて、「あ、俺酔いつぶれたんだわ」という事実が徐々に明らかになってくる。

…そして、背後に感じる人影。
そろそろと身体を後ろに向けると、やはり思っていたのと同様の人物がそこにいた。

「…多田樹…」

いくら俺がベロベロに酔っぱらっているからと言って、人の顔が認識できない程いかれているということはない。自力で家に帰ることの出来るギリギリのラインを保って飲んでいたつもりだ。

「誰それ?ただいつき…?俺、そんな名前じゃないけど」

想像と一八〇度違う答えが返ってきた時、「…あれ?何かがおかしい?」という疑問が胸の中に沸々と湧き上がった。
見慣れた作り物のように美しい顔かたちと、陶器のように白い肌。細アーモンド型の褐色の瞳は一寸の狂いもなく等間隔で顔にポン、ポン…と置かれている。

いつどこで見ても百合の花を彷彿とされるそれは、間違いなくいつも俺が見ている多田樹に違いなかった。第一、こんなに美しい人間がそう何人もこの世に存在している訳がない。なんたって、一度見たら確実に忘れられないほど美しい見た目をしているんだから。

「何言ってんだ…?」

俺がやっとのことで言葉を絞り出すと、目の前の多田樹は「…は?意味分かんない」という表情を浮かべた。

「いや、だからさ、人違いだって。酔っぱらいすぎて人の認識が出来なくなったの?」

…ん?何かが、おかしい……?
ボーっとして全く冴えていない頭を気合で働かせる。

―あ、こいつ敬語じゃないじゃん。
多田ってこんなにフランクに話すような奴だっけ?違うよな?「うるさい」って言われた時以来タメで話されたことないし。ってかあれはタメで話した、というより流れでああなった、って感じだったし。

「ちょっと?ねえ、大丈夫?」

ゆさゆさと肩を揺らされているのにも関わらず、俺は完璧に上の空だった。
まじまじと茶褐色の瞳を凝視する。展覧会で展示されている人形のパーツだと言われても疑わないようなそれは、やっぱり多田のものだった。

―けど、やっぱり何かが違う。

「ねえー!この人酔っ払い過ぎてて俺のこと誰かと勘違いしてるんだけど。助けてくんない?」

発せられた大きな声にハッとしつつ、ふと「多田」の髪に目をやると、感じていた違和感が間違いのないものだということがはっきりとした。

―髪色が、黒ではなかったのだ。
多田の髪は確実に一度も染めたことがないであろうサラサラつやつやの茶色っぽい黒髪のはずだ。
けれど、今目の前にあるのはワックスでセットされたアッシュブラウンの髪で。ついでに言うと、多分パーマもかかっている。美容院から直行しました、って感じのばっちりセットされた髪型が目の端でふわっと揺れたのが見えた。

「…んだよ花宮…。だから話かけんな、って言っただろ。めんどくさいことになるって言ったじゃんか」

背後から怒ったような男性の声が聞こえてきた時、俺の意識の糸が現実から引き離されるのを感じた。あまりのほてりに耐え切れなくなった体が、その熱さを体外に放出しようともがいているのが分かる。

―あ、やべえ、意識落ちるかも、
―…あ、駄目だ、

意識の限界と消失を感じたのはほぼ同時だった。



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