twins【同一の存在】





だって、泣いてたじゃねえか。

…分かんねえよ。俺はエスパーじゃねえし、他人の本心を覗き込める訳じゃない。本心を覗き込むどころか、俺は昔から「雫月はもっと人の気持ちをきちんと考えた方がいいよ」とか言われたりしてた。付き合った女には八割方にそう言われたと思う。

「ちゃんと私を見てよ。ほんとに疎いよね」と怒ったように言われて、そして関係が段々と悪い方へ向かっていって、別れるというお決まりの流れだ。
なのに、今回ばかりは他人の本心がくっきりと見えたんだ。本当の自分を捨ててるんじゃねえの?って。

「…で、しーちゃんはこれからどうしたいの?二か月も経ってるのに未だにガン無視されてるってことは、相当嫌われてると思うけどね」

「どうしたい、って…」

「多田君に謝りたいの?謝って許して貰いたいの?それで、仲のいい友達になりたい訳?」

どうなりたいか…。

俺は多田とどうなりたい?死ぬ気で謝って、許して貰いたいのか?
綺麗さっぱり元通り、って訳にはいかないと思うけど、誠心誠意謝れば普通の知り合いにくらいなれるんじゃないか…?

「友達になりたい、とかじゃねえんだよな…」

何でも言い合える仲のいい友達になりたい、とかじゃなくて、もっと違う名称の何かがある筈なんだ。

「…あのさ、もしかしてもしかすると、多田君と付き合いたい、とか思ってる?ずっと言うの我慢してたんだけど、しーちゃんの様子見てるとそうとしか思えないんだよね…。ほら僕ら、もう五年目の付き合いだし?考えてることが分かっちゃうっていうか」

「―はあ?付き合いたいわけねえだろ!あれは悪酔いした勢いでやらかしただけで、俺は断じてホモではない!それだけは確実!」

千里は「ふーん」と本当かな?みたいな意地悪そうな笑みを浮かべると「ま、俺は応援してるからね」と楽しそうに言った。

「ふざけんな…俺は真面目に悩んでるんだぞ…」

そうだ。今更ながら明確に思い出した。多田に襲いかかった時、それこそ何を狂ったのか樹と呼び捨てにしたんだった。

うわうわうわ…。くっそ恥ずかしい。
あの、名前で呼んだ時の表情。びっくりした。あれほど驚愕した表情を見せるだなんて、思ってもいなかったし。
俺の勝手な勘が、「多田は名前で呼ばれることを望んでるんじゃないか」と決めつけて、それでつい呼んでしまったんだ。

一個人としての個性が埋没してるように見えてしょうがなかった。大切な感情を全部捨ててきたんじゃねえの?って感じたから。

「アイツさ、生きてんのかな?死にながら生きてるって、そんな感じがしてしょうがないんだ」

だいぶ酒が体中に回っているの感じながら、俺は他人からは理解されないような矛盾したことを言葉にして発する。

「…死にながら生きてる?どういうこと?」

「多田は自分じゃない誰かの為に必死に生きてて、自分の感情とか欲望は全部全部脇道に追いやって…。そう、何ていうかな…。漆黒の闇がアイツの本来持ってるもの塗りつぶして、見えないようにしちまってるんじゃねえか、って。あー、俺、何言ってんだろ」

「さすが文学部。言うことが文学をこねくり回したって感じ?俺にはさっぱり分からないけど」

そんなに楽しそうに「さっぱり分からないけど」とか言うなよ。
俺だって自分の中に渦巻くこのモヤモヤとした感覚が何なのかさっぱり分からなくて、発狂しそうなくらいなんだ。抽象的な概念ばかりが明確な意味を持たずにひたすら心の中を旋回する感覚っていうの?



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