If I were



―僕は光の中にいた―



慣れた空間。見慣れた部屋。知っている匂い、そして、知っている存在。
その全ての条件が重なっているときは誰にも言わないけれど、幸せで、心が満たされて。


「おい、リーオ」


ふと僕の耳に聞こえてきたのは、聞き間違えるはずのない彼の声。


「いい加減起きねえのか?何時間経ったと思ってるんだ……」



―ああ、そうだ…

さっきまで本を読みふけっていたような気がする…。

―それで?…僕は?



「いくら休みだからって主を放っておいてこれはねえよ…まあ、もうそんなのにも慣れたけどな」


「何それ…ふふ、エリオット、怒るんじゃないの?」


「怒らねえよ。そんなことで怒ってたらお前を従者になんかできねえからな」


「随分ひどい言い様じゃないか。まあでも僕だってそんなエリオットの従者をやってるんだから人のこと言えないか。
お互い様ってやつだね」


エリオットは一瞬困ったような顔をしてから「でもよ、あの時」と何か思い出の余韻に浸っているかのような、
真面目な表情で小さく呟いた。


「あの時?」


「いや、オレがあの時フィアナの家に行っていなかったらお前と会うこともなかったんじゃねえかって考えてな」


「…え、何言ってるの、突然。らしくない」

僕は少し間を開けてから次の言葉を紡ぐ。


「うん、確かにエリオットが来ていなかったら今こうしていることもないんだろうし…まあ、でもあの時の僕は
今とは違ってたけどね。エリオットは僕に怒るし、僕はエリオットにイライラするしで大変だったなあ」


「それはお前が言うことじゃねえだろ…
でも、よかったんじゃねえか?今こうしているんだからよ…運命だったりして、なんてな。


「運命?」


僕はエリオットが発した言葉に驚きを隠せず、思わず聞き返す。


「っ…!…忘れろ!今の言葉は」


「だって、もう聞いちゃったからなー忘れるなんて、無理無理」


「うむ」と考え込むように僕はベッドから立ち上がると、「やられた」というような顔をしているエリオットに顔を向けた。


「僕も運命なんてあんまり信じてないけど、君と出会ったことは運命だと信じてたりなんかしてね」




「エリオット、僕は―――」




――――――――――――――
――――――――――
―――――――




急に現実に引き戻されるような感覚に陥った。
暗闇の中目を開けると、今自分がどこにいるのかさえ分からなくなるような感覚に襲われる。



―ここは、僕が“いる”世界。彼が“いない”世界―




―なんだ、夢か…


慣れた空間。見慣れた部屋。知っている匂い、そして、彼の存在―
そのどれもここには存在しないけれど、その中でどれが一番大切かと問われれば僕は迷わず「彼の存在」と答えるだろう。


「まったく…夢にまで出てくるなんて君は…」



僕が思っていたよりも君の存在は大きかったみたいだ。

闇の世界なんてどこにもなくて、ただ僕は君を感じていた。
世界を隔てるあの境界線―そんなもの存在しないんじゃないか、と思うくらいに僕は深淵から遠く離れた場所にいたんだと思う。

その遠さが今となってはただの苦しみに成り果ててしまった。

平和な日常が、君との日常がいつまでも続くって、心の片隅では信じていたんだ。
…信じて、いたかった。


淡い光の存在。
その光を「幻想なんかじゃなかった」と堂々と言えたならば、今こうして僕が一人で、夢の中で君に出会うこともなかったのにね?

横には君がいたはずなのに、ね?


夢の中と同じように僕は考えを巡らす。



「エリオット、僕は―――」



その最後に隠された言葉を今ここで言ったらとしたら、エリオットは聞いてくれるかな?
そんなこと、僕には分からないけどせめて言葉を紡ぎたいんだ。



「…エリオット、僕は、君に出会えて本当によかったよ」



ありきたりな言葉だけど、これが僕の本心だから。



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