夢の中【in the dream】
「いつき、あーそぼっ!」
ぼくと同じ顔をしたぼくが、にっこり笑ってはなしかけてくる。
クロとシロ、二色の真四角のイスが置いてある場所の中で、その子はシロのイスに勢いよく座った。
「いつきーー!早くーー!僕と遊ぼうよーー!」
ぼくの耳に飛び込んくるぼくと全く同じ声は、部屋のすみで絵本を読んでいる僕の世界をこわして入ってくる。
「もおー!いつきはいっつも絵本ばっかり読んでてつまんない!もっとお外であそぼーよ!」
「…お外、嫌い。おうちで絵本読むほうがたのしいもん…。みんなとおしゃべりするの、いや…」
ぼくは両手にギュっと絵本を抱え込みながら、おそるおそる言葉を発した。
だって、こわかったんだ。ぼくと全く同じ顔、同じすがたをしてるのに似ても似つかないこの子のことが。
「ほんっとつまんないやつ!いつきと一緒にいてもぜんぜんたのしくない!もう行っちゃうからね!」
怒りながらぼくに大きな声でどなりつけたその子は、パッと勢いよく立ち上がるとパタパタパタ…、と一瞬で走っていってしまった。
クロのイスにただ一人ポツン、と残された僕は、真っ白なイスをじっと見つめながら涙がじわっとあふれだすのを感じた。
「僕だって―みたいになりたいけど…こわいんだもん…こわいよお…っ、どうして―はぼくと同じなのに、ぼくと全然ちがうの?」
明るいあの子。クロのイスに一人ぼっちのぼく。
人とおしゃべりすることがこわい。人の目を見ることがこわいの。
「…樹、樹ちゃん…」
ひっく、ひっくと嗚咽をもらしながら絵本に涙を流すぼくのことを見て、お母さんがあせったようにかけよってきた。
「…どうしたの?樹ちゃん、そんなに泣いて…。また―に酷いことを言われたの?」
お母さんがぼくのことを抱きしめながら言う。
「あのね…っ、お母さん…。ぼくね、つまらないのかなあ?いつも絵本ばっかりよんでて…。ぼくも、―みたいになりたい…っ」
ポロポロと涙がこぼれた。
ぼくの大好きな絵本『あめのしずく』の表紙が涙でぬれていく。
「樹ちゃんはつまらなくなんてないわ。頭が良くて、優しくて、お母さんは本当にあなたのことを誇りに思ってるんだから…」
「…本当…?」
お母さんのやさしい声がぼくの胸に届く。
お母さんだけはぼくのことを認めてくれてるんだ…好きでいてくれるんだ…!
そう思うと、うれしくてたまらなくなった。
「お母さんが樹ちゃんのことをずっと守ってあげるからね…。約束よ…?」
「…うん!」
ぼくは大きな声で返事をした。
そのやくそくがやぶられることのないように。
大好きなお母さんがぼくのことをあいしてくれるように。
あの子にお母さんを取られないように。
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