lie【嘘】





「…ひゃっ……っん…や、…ん、…や、めて…っ、」

逃げられないようにがっちりと両手を抑え込み、口封じをするようキスをする。
押し倒した細い体が必死に逃げようと抵抗しているのがよく分かった。
薔薇色の唇から発せられる「はあ…っ」という小さな吐息。濡れた唇からはこれでもか、というほどに色気が漂っている。

…そして、この表情。
なんて、甘美で、なんて甘い表情なのだろう。

「…あ…っ、いや…、やめて、…っ」

途切れ途切れに発せられる言葉は、いつも俺が見ている多田の姿とは全く違っていて、信じ難いほどに色っぽい。つーか、めっちゃエロい。

完全に調子に乗った俺は口内に舌を無理やり入れると、さっきよりももっともっと深い口づけをした。
舌のざらざらとした感触が俺の欲求を更に高める。
多田の唾液が俺の唇にぴちゃ、とついた瞬間、体内で湧き上がった欲求が更に熱を帯びた気がした。

理性とか、どうでもいい。
こいつをめちゃくちゃに壊したい。罪悪感の波に溺れさせて、後戻り出来ないようにさせたい。

瞳からうるうると溢れ出した涙は一粒、二粒、とどんどん流れ出して真っ白な頬に伝っていく。多田の目は真っ赤に充血していて、間違いなく激しく恐怖におののいていた。

「…誘ってるだろ、…お前…」

やっとキスされることから解放されて安心したのか一瞬ほっとしたような表情を浮かべた多田は、俺の発した言葉を聞くや否やピクン、と体を動かす。

「なん、なんですか…何がしたいんですか、こんなことして…」

くしゃっと歪められた端正な顔からはとめどない雫が滴り落ちている。
泣き虫なのか?ってくらいの泣き方なんだけどさ。いくらうぶだって言っても、度を越えてねえか?

俺は己の欲望に忠実に、多田の細い腰に巻き付けてある黒のベルトをカチャカチャと外すと、細身の紺色のパンツをゆっくりと下ろしていく。

「…っ、やだ…っ、やめて……!…やだ…っ、」

覆われた生地を捲ってひらり、と姿を表したのは純粋無垢で汚れなき百合の花のような恥部だった。
それを目にした時、思わず喉がきゅる、と鳴った。
すべすべで薄い体毛しか生えていない太股を人差し指で滑らせるようになぞってから、小さな接吻をする。
俺の所有物だと印をつけるかのように、独占欲をここぞとばかりに露呈して。

「…っ、やっ、…いや…、いやだ……っ、」

はだけた長袖のシャツから少しだけ見え隠れしている細く白い二の腕を掴んだ時、多田の表情が今すぐにでも死んでしまいそうなほどに歪められた。
元々歪められていた表情が更に苦悶の表情へと変化して、次の瞬間信じられない程強い力で俺の体を突き放す。

「…う、…わっ、」

彼の両手が俺の胸をドン!と突いたせいで、身体中にじんわりと鈍い痛みがじわりと広がった。

そして、刹那の時間だけ目に入ってしまったそれは、酔いが完全に醒めるほどの衝撃だった。
俺の心には見てはいけないものを見てしまったかのような罪悪感が即差に湧き上がる。

「……その、傷……」

美しく汚れなき身体にはあまりに不釣り合いな無数の切り傷が、二の腕に張り巡らされていた。
茶色く変色したものもあれば、まだそれ程日数が経っていないと思われる真っ赤なものもあった。その傷はドキュメント番組などで見たことのある自傷行為を俺の脳裏に浮かび上がらせる。

「…それ、」

「…っ…僕にこれ以上関わらないでください……!」

目を真っ赤に充血させながら多田が大声で叫ぶ。
「…おい、」と声を発する暇もなく、一瞬にして多田はベッドから立ち上がるとこの場から走り去った。

一人ポツンと残され、茫然と立ち尽くす俺の頭に浮かんだのは「今僕って言ったよな」などというどうでもいいことだった。



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