lie【嘘】





ザーザーと水の流れる音を聞きながら、タオルで口の周りを拭う。
カチカチと正確なリズムで刻まれる時計の音がこの空間において浮き立って聞こえる。

「雨谷君、具合はましになりましたか?」

そろりと遠慮がちに扉を開けて入ってきた多田の顔は少し赤く、目も充血していて、俺は思わず顔を二度見してしまった。

「…ああ、なった」

「ならよかった。今日はもう安静にしていた方がいいと思います…よ?」

こいつから発せられる言葉の一つ一つが、ここではない世界で反響しているように思える。
この小さな唇から吐き出される単語のそれぞれが不思議な魔力を兼ね備えていて、俺の意識をふわっと酩酊させる。

「…なあ、多田」

「…はい?」

「多田さ、どこ高出身なの?聞いてなかったよな、生徒会長やってたことくらいしか知らねえし」

多田は「ああ」と小さく呟くと、続けて「海京学園です。ご存じないかもしれませんが」と言った。

海京学園といえば全国で有数の進学校だ。良家のおぼっちゃんばかりが集まる敷居の高い男子校であると、知らない人はいないだろう。
あの学校で生徒会長をやっていたなんて、尋常なことではない。

「…いかにも優等生って感じ。ばっかみてえ」

意識せず思わず口から溢れ出たのは、ずっと心の中で思っていた本心だった。

「…え?」

目の前で呆然とした表情を浮かべる多田の顔を見た時、心になんとか掛かっていた言葉のストッパーがブチン、と切れた。

「あんたさあ、生きてて楽しいの?いつもニコニコ優等生ずらして、勉強して、皆に慕われて、それはお前の本心なのか?胸糞わりいんだよ、見てると。
皆の理想を演じてるだけじゃねえの?ずっと優等生、会長って言われてきたせいで多田樹っていう個人の人間を忘れて、それで」

「…うるさい、っ……」

それは初めて多田から聞いた、敬語ではない言葉だった。
唇をわなわなと震わせて、頬を紅潮させる、人間らしい感情に満ち溢れた姿だった。

「…なんだ、怒ることもあるんだ。へえー……」

「何も知らない癖に、思ったことをズカズカ言わないで貰えますか?」

「…何も知らない、って。見せないようにしてたのはお前だろ。…っ、…ほんと苛つくんだよ、お前。…おい、こっち来い」

俺は多田の腕を振りほどかれないように強く掴むと、彼の意志は完全に無視してベッドへと歩みを進める。
「ちょっと、離してください!」という言葉が聞こえたけれど、聞こえない振りをした。

「…樹、壊してやるよ、お前のこと」

樹と名前を呼んだことに、多田は酷く驚いた表情を浮かべる。
いつもは凛とした目元が不安定にぐらっと揺れたのが分かった。

いつき、いつき…、いつき。
恐らく今まで名前で呼ばれたことが少ないのだろう。あまりに驚嘆した表情が、その事実を表象していた。

「名前、呼んで欲しかったんだろ?自分の存在を分かって欲しかったんだろ?」

「…何、言って、」

ギシっと軋むベッドの上で、俺は力任せで多田の上に馬乗りになる。
両手を使って突っ返されそうになったけれど、生憎俺の方が力が強いことは間違いない。がっしりと細い手首を抑え込んで、身動きを取れないようにする。


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