lie【嘘】






酔いが体中に回って、今すぐにでも意識を手放してしまいそうだ。

ふらふら、ふらふらと焦点が全く定まらない世界が滲んで霞む。
火照った頬がやけに煩わしくて、冷水を頭からひっかぶりたい気分だ。

「皆さん、大丈夫ですか?もう飲まないほうがいいですよ」

心配そうな表情を浮かべる多田と目が合った。
希少な宝石のような輝きを宿したその瞳を上目遣いにして、じーっと俺の顔を凝視していることに気が付いた時、一瞬にして全身がぞわっと逆立つ。

―うわ、めっちゃ色っぽい…
―こいつを、めちゃくちゃにしたい…

無意識に湧き上がった欲求の意味を汲み取ったとき、ハッと我に返った。

いやいやいやいや。駄目だ駄目だ駄目だ…!おかしいおかしいおかしい!
こいつは男。生物学上は俺と同じ男なんだ。いくら多田が綺麗な面してるからって、同性に「色っぽい」という感情を抱くなんてどうかしてる。

「雨谷君…?」

到底男とは思えないすべすべの陶器のような肌、潤んだ細アーモンド形の瞳、癖のないサラサラとした髪が照明に照らされて一筋の光の輪を描く。
しっとりと濡れた唇がピクン、と動くのを見た時、俺の喉はごくりと鳴った。

―やべえ、こいつ…。

今まで彼女に不自由したことはない。化粧の濃い女、地味な女、清楚な女、色々な女と付き合ってきた。自分で言うのもあれだが俺は恐らくモテる方なので、放っておいても彼女が隣にいる。気が付いたらそうなっていた、というのが常だ。
俺に愛されることをひたすら要求する女もいたし、逆に淡白な女もいた。
髪を切ったことに気が付かないことにキレ出す奴もいたし、セックスすることをすぐに求め出す奴もいた。

つまらなくはなかった。
そのどれも一日を彩るにはこと足りていて、その場限りの充足感に包まれていた。

―雫月、愛してる。

ベッドの中で、ポツンと吐き出された俺に対しての愛の言葉。そう言った女はすぐさま俺にキスをした。あなたも私を愛してるでしょ?、そんな言葉が聞こえてくるかのようなキスだった。

けど俺は、その女に対して愛してると返すことが出来なかった。
本当に好きなのかが分からなかったのだ。
告白されて、付き合って、行為に至る。
好きだと言ってくれたから、この女のことを好きだと思い込んでいるだけじゃないのか?
自分の本心が分からなかった。
だから俺は、押し黙ったまま明確な答えを返せなかった。

「ちょっと、雨谷君?大丈夫ですか?」

頭がガンガンする。多田の顔がグラっとぼやけながら揺れて、明確な輪郭を欠く。

「…やべえ、吐くかも……」

口からやっとのことで絞り出せたのは、何とも恥ずかしい言葉だった。
同性に欲情しかけている馬鹿な俺は、その考えを打ち消そうと多田から目を離す。

―ああ、苛つく。でも俺、何に苛ついてんだろう。別に多田が何かした訳じゃないのに勝手にイライラして、愚かすぎる。

「っ、部屋に戻りましょう、早く安静にした方が、」

「…うるさい…」

「うるさい、って、そんなに具合が悪そうなのに放っておける訳がないでしょう?」

多田はそう言うと、俺の腕をぐいっと強い力で掴んで無理やり立ち上がらせる。
それは抵抗出来ない程本当に大きな力で、こいつはこんなにも華奢なのに、どこからそんな力が出てくるのだろう、という感情を抱くくらいのものだった。

「ほら、早く、」

多田の手が俺の掌に触れた瞬間、先程感じたどうしようもない欲望が胸の中に沸々と湧き上がって、収まっていた鳥肌が再びぞわっ、と立った。

―このままいくと、俺はこいつをどうにかしてしまうかもしれない。



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