lie【嘘】
「クソあっちいー!死んじまう…!」
ガラガラ…、と石ころのように重たいキャリーバッグを携えながらでこぼこした砂利道を一歩一歩進む。
一体全体、なんでこんなに暑いんだよ。
確かに今年は猛暑になるとニュースで報道されていたけど、これは酷すぎる。
地球の終わりを感じる。その前にこんなに暑かったら地球が溶けてなくなると思う。
滴り落ちる汗が額から瞼に落ちて、視界が霞む。目に汗が染みてチクッとした痛みが少し走ったかと思うと、再び額から汗が流れだす。永遠にこの繰り返しだ。
「あーあつい!死ぬ!」
「少し黙ってて貰える?余計に暑くなるから」
俺の背後を歩いている村本がぽそっと言葉を漏らす。
は?「余計に暑くなる」だって?うるせえな。口に出さなきゃやってらんない暑さだろ!
何で口に出すのを躊躇わなきゃいけないんだ。
「あと少しで着きますから、頑張りましょう?」
汗一つかいていない、いつも通りの整った顔をこちらに向けながら、多田が俺に話しかける。
―こいつ、おかしいじゃないのか?
こんなに暑いのに汗もかかないなんて、冗談抜きで人間ではないんじゃ…?
ここ最近俺の中で、「多田樹=人間ではない説」がグングンと現実味を帯びてきている。
と、いうのも。
この二か月間、多田と関わる機会は沢山あった。
初めて入学式で見かけた時から色々と突出していて凄い奴なんだろうな、とは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
第一に、隙が無い。
多田はいつも柔和笑みを浮かべていて、その姿は人の形をしたロボットとでも言うのだろうか。
他人のことは助けるけど、自分は誰の力も必要としていない。何もかも完璧で、華麗で、存在が100%確立されてしまっている。
笑ったりとか、冗談めかしたようなことを言ったりとか、そういうこともちゃんと口に出したりするのだけど、ロボットに備え付けられた些細な機能にしか感じられない。
多田がもがき苦しんで、泣き叫ぶことはあるんだろうか。
灼熱の太陽に意識を吸い取られそうになりながらも、俺は多田の泣いている姿に思いを馳せる。
…うーん。はっきりと浮かんでこねえな…。
なんかあいつ、自分の感情とか、そういうものを全部捨ててきたように見えるんだよな。皆の理想の姿になろうと生きてきたせいで、大切なもの全部脇道に置いてきたような、そんな気がする。
「わっかんねえなあ…」
俺の疑問は猛り狂う蝉の鳴き声に掻き消されていく。
ミーンミンミン……ミーンミンミン……
あー、うるさい。
どうして俺、多田のことばかり考えてるんだ。恋する乙女かよ。全く俺のキャラじゃない。
俺は多田が抱えている嘘が知りたい。それだけのことなんだ。
[8]