光は | ナノ
この姿のまま部屋の外に出てしまったことに焦りはなかった。
俺には、思いを伝えなければいけない人がいる。
ちゃんと、ちゃんと、答えを伝えなければ。
今までのことを「ありがとう」と言わなければ。
彼等がいなかったら、俺はとっくに壊れていただろう。
一人で抱え込んでいたら、心が壊れてしまっていたはずだ。
…俺を、救ってくれた。
生徒会室までの道のりをひたすらに走った。途中で他の生徒達とすれ違って、俺に視線が向けられているのがよく分かったけれど、怖くはなかった。
すっかり冷え込んだ秋の空気は、風となって髪を微かに揺らす。
「ねえ、あんな人いたっけ?」
「いや?見たことないけど。あんな綺麗な人がいたら皆知ってるはずでしょ」
「じゃあ、誰な訳?うちの制服着てるじゃん」
……バタン…ッ
勢いよく生徒会室の扉を開けると、そこには会長がいた。
いつもと変わらぬ端正な顔が一瞬にして歪められる。
見たことがない会長のあまりに驚嘆した表情に、俺は少し笑ってしまう。
「はる、の…?その格好、どうしたんですか…」
「…会長。あなたに伝えたいことがあるんです」
…言わなきゃ。
嘘偽りない姿で、嘘偽りない言葉を。
「ありがとうございました。一人で全てを抱え込もうとした俺に手を差し伸べてくれて。
自分を捨てようとしていた俺を救ってくれて。多分俺一人では、どうしようもなかった」
朝日が部屋全体に降り注ぐ。
「…会長は俺に『綺麗だ』って言ってくれましたよね。塗り潰してしまおうとしていた姿を、綺麗だって。
嬉しかった。とても、嬉しかったんです」
会長は今にも泣いてしまいそうな表情を浮かべた。
そしてその表情のまま、彼はくしゃっと笑う。
それは困っているのか、喜んでいるのか分からない表情だった。
「やっぱり何回みても綺麗ですね。でも、今日が今までで一番綺麗です」
俺の目をまっすぐ見つめながら、彼はそう言った。
心の内側のボロボロに錆びた塊が、一瞬にして綺麗に溶けてなくなっていく。
「ごめんなさい…会長。…俺、好きな人がいるんです」
「謝らないでください…。春乃、あなた…、一縷のことが好きなんでしょう?」
思いもよらなかった会長からの言葉に、俺は「えっ?」と呆然とした口調で言ってしまう。
「見ていれば分かりますよ。隠せていると、思ったんですか?」
「…え、…嘘、」
「…早く、一縷の所へ行ってください。私に同情なんてしないで、思いを伝えてください…」
口から絞り出すようにそう言った会長は俺から背中を背けた。
「ごめんなさい」と謝ろうと思ったけれど、謝罪の念を今ここで述べることは会長に対して失礼なのでは?と思い留まる。
折角背中を押してくれたのだ。
ここは「ごめん」ではなく「ありがとう」と言うべきなんじゃないか?
……うん、きっとそうだ…
「…会長、…本当にありがとう」
俺は心からにっこりと笑うと、扉に手をかけた。
教室の扉を開けた。
周りの視線はどうだってよかった。
一直線に歩みを進め、彼の元へと近付く。
「…おはよ、一縷」
くるりと体の向きを変えて俺の方を向いた一縷は、呆気に取られた表情をしていた。
その顔があまりにも驚きに満ち溢れていたものだから、俺は思わず笑ってしまう。
「ははっ…。何、その顔。すっごい間抜け」
「何笑ってんだよ、春乃」
春乃と名前を呼ばれたことで、クラス中がガヤガヤとし始める。
俺もとても驚いた。まさか一縷が下の名前で呼んでくるとは思わなかったから。
だよね、びっくりするよね。どこからどう見ても、別人だもん。
でも、でもこれが俺なんだ。
そうだよ、これが「春乃」だから。
「…ねえ、聞いて」
一縷と目が合う。
二度と踏み出せることはないと思っていた光に足を踏み出してみれば、こんなにも眩しくて暖かい世界があるなんて、知らなかった。
こんなにも世界が色付くだなんて、思いもしなかった。
窓の外では紅葉がヒラヒラと舞っている。
まるで、秋が見守ってくれているかのように。
「…一縷のことが、好きだ」
(fin.)
[73]
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