事実の日記、満月の宴

事実の日記、満月の宴 | ナノ








泣きじゃくりながら目を閉じて、暗闇に身を任せた。

眠りたかった。考えることを放棄したかった。
眩しく光る月明かりが煩わしくて、ギュっと閉じた瞳を手で覆い隠す。


お願い、秋に会わせて。と強く懇願しながら。






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遠い遠い世界で、俺の意識は徐々に覚醒する。
眠りに誘われた感覚と、違う世界で意識が芽生える感覚はほぼ同時だった。


黄金と真っ赤な光が混ざり合って、遥か遠くの空から俺を明るく照らす。
ふと後ろを振り返ると、そこにはぼやけた輪郭を持った人影があった。


俺は、その人が誰なのか言われなくとも分かっていた。
光が遮って顔が見えなくても、はっきりとした特徴が何も分からなくとも、それが秋だということが分かった。
徐々にぼやけた輪郭が実態を持ち始めて、歩みを進める足音と共に光のコントラストが弱くなる。


「…春乃、やっと会えた」


秋は泣きそうな顔をしながら笑った。

今まで夢の中で邂逅した時とは違い、秋は確実にここに存在していた。
生身の人間と何ら違いのない、一人の青年。
触れることが出来て、話すことが出来る。


「ごめんな。勝手にいなくなって。何も相談しなくて…。俺、分かってた。俺が死んだら春乃が壊れちゃうんじゃないかってこと。自分を責めるんじゃないかってこと。
なのに、俺、…どうしても耐えられなくて」


「なんで、謝るの?秋が苦しんでることに気づけなかったのは俺なのに。俺、秋を見殺しにしたのに…」



「…見殺しになんか、してないよ。春乃は何も悪くない。
追い詰められて…どうしても、どうしても生きてることが辛くなっちゃったんだ。あの時の俺には、周りを見る余裕なんてなかった」


「ほんとに、ごめん」と秋は小さく呟く。


「…俺、俺…っ、秋のことが好きだったんだ…。好きで好きで堪らなくて、でもこの気持ちはきっと許されないから、どうしたらいいのか分からなくなって…。
それで、それで…っ、秋と目を合わせることが辛くなった。秋のことを避けて、それで」


「―うん」


微かにそう言葉を発すると、秋は微笑んだ。
それはまるで、皆を明るく照らす太陽そのもののようで。


「…ありがとう、俺のことを好きになってくれて。こんな俺のことを愛してくれて。」


「……秋、」


「お願いだから、もう俺から解放されてよ。春乃は春乃の人生を行きていって」


掌に秋の手が重ねられた。
それはとても暖かくて、血が通っていて、俺が知っている彼の温もりで。
パサっ、と掌に何かが落とされたことに気づいた瞬間、俺は秋に力強く抱きしめられた。
秋から零れ落ちた涙が地面へと広がって、それは一瞬にして消えていく。


「春乃に会えてよかった。
これからは春乃が大切な人とずっと一緒にいられることを祈ってるから」


「しゅ、う………、ねえ、行かないで、…ねえ、…しゅう……!!!」


段々と彼の温もりが体から消え去っていくのが分かった。
あまりにも眩しい光が天から舞い降りてきて、俺の視界は暖かな黄金色に染まる。


「…俺は、幸せだったよ」




―幾何かの体温の余韻を残して、ふっと彼はいなくなった。



…綺麗、だった。
苦しみとか悲しみとか、そんなもの一切感じさせない程に美しかった。


強張った指をゆっくりと広げると、掌に一枚の真っ赤な紅葉が乗っていることに気が付く。
ひゅう、と暖かな風が突然吹いて掌を掠めたかと思うと、その真っ赤な紅葉は一瞬にして透明に溶けて消えていった。


次の瞬間、紅葉に成り代わるように淡いピンク色の桜の花びらがヒラヒラと俺の掌へと舞い落ちる。
たった一枚のあまりにも健気で小さな花びらは、この空間の中で際立って見えた。


「綺麗…」


ふわりと舞う桜は、この世のものとは思えないくらい、とてもとても美しかった。



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