白露の夜と本心

白露の夜と本心 | ナノ



「…そんなんだったから高校に行こうなんて全く思えなくて、学校のことなんてすっかり頭から抜け落ちててさ。
親も、心配したんだろうね。毎日毎日俺を元気づけようとしてくれてたんだけど、全部無視してた。
そんな時だったかな、父さんの友人が理事長をやってる高校に入学しないか?って言われたのは」


一縷の体がピクっと動いた。
少しだけ座る位置をずらした彼は「…理事長と知り合いだったのか」と驚いたように呟く。


「うん……学校に行ってなかったせいで三年の成績とかめちゃくちゃだったんだけど、『それでもいい』って言うんだ。
二年までの成績で君が優秀なのは分かったから、特待生枠で入学しないか?って。君くらい優秀だったら問題なくやっていけるよ、って。
…正直、最初は行きたくないって思った」


「…でも、入学しようって思ったのか」


「逃げられると思ったんだよね。秋のいた世界を逃げ出して、違う世界に行けば。
とにかく俺は逃げたかったんだ。新しい拠り所を作りたかった」


俺は何とかして笑顔を浮かべようとした。
スラスラと出てきた過去を紡ぐ言葉は、決して明るいものじゃない。
いきなりこんな話をされたら、普通は気分が悪くなるだろう。きっと、一縷も、


「は…っ…え、一縷?」


それは一瞬のことだった。
笑顔を浮かべる暇もなく、刹那にして俺は一縷に抱きしめられていた。
力強く背中に回された両手は、いつか両手を包んでくれた時よりもずっとがっしりしていて、そして温かかった。

密着した身体からは、生身の人間の体温がひしひしと伝わってくる。


「…よく今まで、頑張ったな」



なんで、なんで、
どうして?……どうして、どうして、

どうしていつもそんなに優しくするの…?


ポン、ポンと優しく頭を撫でられる。
まるで繊細なガラスを扱うかのように、丁寧に、傷つけることなく。
一縷の心音が聞こえる。規則的なそれは、密着した身体を介して嫌というほどに伝わってくる。


全てが溶けだしてしまう。
駄目だよ、なんて自制はもう意味を為さなくなっていた。
心を覆っていた冷たく鋭利な氷が溶けだして、透明な雫がポツリと零れだすのが分かった。

その雫は心を飛び出して体中に蔓延していく。


「……い、ちる……俺………、辛かった…苦しかった…っ…好きだったんだ…。ほんとに、好きだったのに……。
な、のに……!どうして?…答えてよ…っ…。お願いだから……なんで秋は死んだの?俺が避けたから?
どうしたら秋に許してもらえるんだ……俺は、俺は……っ、どうしたらいいの……!」


思ったことを何も考えずにただただ叫んだ。
大粒の涙が瞳から流れて、それは一縷の服を濡らしていく。
ギュッと目を瞑ると、瞳から零れた一筋の涙が頬を伝わるのが分かった。
今までしまい込んでいた感情は、一度扉が開かれたら留まることを知らないようだった。


そしてこの感情は、偽りのない真実の感情だった。



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