白露の夜と本心 | ナノ
「………秋のことが好きだった。恥ずかしいくらいに好きだった。普通の人が異性に抱くような付き合いたい、独り占めしたいって思いを抱いて……。それはどんどん増していった。秋と目を合わせると胸がどうしようもなく締め付けられて、二人きりでいると苦しくなった。
だから、俺は秋を段々避けるようになった」
「遊びに行こう、とか色々誘ってくれたのに、『うん』って素直に言えない自分がいて…。嫉妬心まみれの感情は醜いし、秋と一緒にいると苦しくて堪らなくて…。どうしたらいいのか分からなくなった。秋と一緒にいたいのに、友達としてはいられないんだ、って」
「……そんな時、だった。四月、中三になってすぐの時だったかな。
……秋はね、突然死んだんだ。おかしいだろ?ちょっと前まで普通に笑ってたのに、楽しそうにしてたのに…。自殺するなんて。
ねえ、分かんないよ、何も……」
脳裏に秋の眩しい笑顔がフラッシュバックする。
忘れようとしていた記憶は白黒できちんとした輪郭を持っていなかったのに、今脳裏に浮かんだ彼の顔は色彩を欠いてはいなかった。
よくよく考えてみると、忘れようとしていた行為は、大きな矛盾を孕んでいる。
こんなにも秋の姿を真似て、秋みたいに皆の前に立つ存在になろうと思って、そうして今の俺があるのに。
なのに、「忘れよう、忘れたい」なんて。
俺は、秋に許されたかった。
死を選ぶ程の何かに気づくことが出来なかった滑稽な自分の存在が、秋の願いをなぞることで価値を得るなら。
それは少しでも秋に対する贖罪になるんじゃないかって、思った。
「秋が死ぬ前日の夜に、メールが来たんだ。『春乃に頼みがあるんだ。春乃が俺になって、みんなを導いていってよ。お願いな』って。
おかしいと思った。嫌な予感は、したんだよ?でも、まさか死んじゃうなんて思わないでしょ?」
―死んだ。
たった一言の言葉は、残酷な事実であり、今まで逃げてこようとしてきたもの。
人が死ぬって、もっと遠くて違う世界のものだと思っていた。
だって、だってさ、秋は誰よりも輝いてた。死から一番ほど遠い人間だったんだよ?
「…それからはもう、どうしたらいいか何も分からなくなった。ベッドの上でひたすら目を瞑って、虚空に身を預けて…。
生きてるのか死んでるのかも分からなくなって。でも、死ねなかった。死ぬのが怖かった。…勇気がなかったんだ。
もしかしたら、死ねば秋にもう一度会えるかもしれない。でもそんな確証なんて、どこにもないじゃんか…」
「学校にも行けなくなって、部屋にずっと籠ることしかできなくなった。
誰の言葉も耳に入ってこなかったし、そんなものどうでもよかった。うるさいな、黙っててよ、って…。それしか、思えなくて」
体の内側から堪えていたもの全てが溢れ出てしまう気がした。
苦しい、悲しい、辛い…
秋が恋しい、一緒にいたい……
自分を、偽りたくない。
俺は俺のままでいたい。馬鹿げた演技なんてやめたい。
でも、偽らなければ俺はきっと壊れてしまう。
弱虫で、ちっぽけで、どうしようもない春乃は。
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