白露の夜と本心

白露の夜と本心 | ナノ








「一縷、どうしよう」


「何で確認しなかったんだよ」


「だってしおりには大浴場なんて書いてなかったし…部屋の風呂に入るって思うじゃん」


この状況は明らかにまずいと思う。
何がって、大浴場に行かなきゃいけないってことが。


夕食の時間が終わって明日の日程を泉先生から説明された後、ホテルの部屋に戻って幾何かの自由時間を過ごしていた(部屋割りは死ぬ気で一縷との二人部屋を死守した)
―のだが。


一縷から「桜川さ、風呂どうすんの。色々やばいだろ」と言われ、部屋のシャワーを浴びればいいやと思っていた俺は「部屋にあるから平気でしょ」と答えた。


「一時間後。下の階の大浴場に集合だって。しおりに書いてあっただろ」


「…へ…?大浴場…?聞いてないんだけど」


「しおり読んでないのかよ」


いや、読んだ。読んだけど、そこまで真剣に見てなかった。
どこに行くかとか、部屋割りのことしか正直考えてなかったんですけど?


「…適当に読み流してました…」


「あー、もう、もっと危機感を持てよ。知られたくないんだろ?
いいよ、俺が適当に誤魔化しとくから部屋のシャワー浴びろ」














…………………。
ザー……………


シャワーが流れる音を目を瞑りながら聞いていると、心の中の自分でも分からない感情が溶けだしていくような気がする。


安堵?心配?悲哀?
そしてずっと忘れていた人を好きになる気持ち。


目をほんの少し開けると、茶色く染まった水が静かに流れだすのが目に留まった。
一縷がいなかったら終わってた、とつくづく思う。






シャワーを浴び終わり、適当に髪を拭いてから部屋に戻ると「そういえばさー、副会長いなくなかった?」「いなかったいなかった」「…親衛隊の奴らとでも仲良くしてるんじゃないの?」という話し声がドアの向こうから聞こえることに気が付く。


ギャハハハ、という笑い声と共に何人もの足音が過ぎ去っていくのが分かった。
俺は大きな音を出さないように部屋の扉へと近づくと、覗き穴から外の様子を伺おうとそっと片目を近づけた。




―その瞬間。


「わっ…」


カチャ、と鍵の開く音がしてビックリした俺は、思いっきりドアが開いた方向へとよろめいた。
つまり、思いっきりバランスを崩した。
体が倒れていく感覚と共に、唇に何か柔らかいものが当たったことがすぐに分かる。


「…い、ちる…」


えっ?…うそ、うそ、

ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開くと、眼前には一縷の顔。
彼の頬にキスしている、という事実はすぐに理解できた。

驚愕した表情を浮かべ、目を見開いている彼と目がばっちりあった瞬間、俺の顔は一瞬にして真っ赤になった。
自分の顔は見えないけど隠せるレベルのものじゃなかったと思うし、頬が火照ったのは嫌というほど分かってしまう。
そして不思議なことに、一縷の顔もまた一瞬にして赤くなった。


「ご、ごめんっ」


恥ずかしさにいたたまれずになった俺は彼から体をどかし、ドアを勢いよく開くとその場から走って逃げた。

理性とか、今自分が素の姿をしていることとか、完璧に忘れ去られていた。
だって、羞恥心と焦燥感の方が明らかに勝っていたんだから。
廊下に勢いよく走り出した俺は、背後からガヤガヤと他生徒の声が聞こえることに気が付いて始めて「うわ、どうしよう」と我に返った。


「…っ…この馬鹿!…今どんな姿なのか分かってんのか!」


俺と同様勢いよく飛び出してきた一縷に力強く腕を掴まれ、一瞬にして部屋に連れ戻された。
バタン…っ、という扉の開閉音と同時に、生徒達が廊下を歩いてくる足音が聞こえてくる。




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