追憶

追憶 | ナノ








「あ、春先輩!」



背後から聞きなれた小坂の声が聞こえ、俺はくるっと体をそちらへ向ける。


校舎の外からは蝉の鳴き声が激しく聞こえていた。
教室の中の涼しい空気と、外気の暑苦しさが混ざり合って生暖かい空気が流れ込んでくる。


「今度秋先輩も一緒に、お祭りに行きませんか?ここから電車で三十分くらい行ったところで大規模なお祭りが開催されるみたいなんですよ」


「…俺は、遠慮しとこうかな」


「ええっ、どうしてですか?絶対楽しいのに…」


一度溢れてしまった感情はそう簡単には消えないようだった。


秋に近づかないでほしい。秋を取らないでほしい。
明らかな嫉妬の感情は大きく膨れ上がって消えるどころかますます大きくなっていく。
歪で醜い、どす黒い感情。
一滴の染みが連鎖を起こして永遠に広がって、滲んでいく。


「…ちょっと忙しくて」


「本当に残念です…。秋先輩は春先輩と一緒にいる時が一番楽しそうだから…。一緒に行けたらいいな、って思ったんですけど。やっぱり二人はいつも一緒!って感じなんですよね。
でもたまに、ちょっとだけ異常だなあ、って思うことがあるんです」


「…異常?」


「うーん、何て言えばいいんですかねえ。お互いに依存しあってる?っていうか春先輩は秋先輩に依存しすぎてるように見えます。
なんだか、関係が近すぎ?っていうか。たまに付き合ってるのかなー?』なんて思っちゃうことも…、って春先輩?」



どす黒い感情が、今すぐに爆発して体中を支配してしまいそうだった。


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい…っ…
黙れ黙れ黙れ黙れ…っ


秋に付きまとうな…
俺から秋を取らないでくれ……!


小坂の顔を見ることが出来なかった。
背を向けて、足早に歩くことしか出来なかった。


依存…?
付き合ってる、みたい……?


「…ちょ…、春先輩っ」


お願いだから、俺のことを追いかけないで。
俺のこの嫉妬に満ち溢れた表情を見ないでくれ。


秋に対するこの感情は何なんだ?
友情?独占欲?


それとも、



「…恋愛感情?」


そんな訳ないよね、と軽々と浮かんできたこの言葉に俺の思考は停止する。
恋愛感情。人を好きになって付き合いたいと思うこと。
俺の秋への感情は単なる友情?親友として大切だと思ってるのか?


「……違う」


鳴りやまない鳴き声が俺の声を掻き消してなかったことにしてくれればいいのに。


でも、俺が発した言葉は明らかな真実で、何をどうしても否定することができなかった。













無意識に人を好きになることなんてあるんだね?
よりによって一番大切な友人を、しかも同性を好きになるなんて。


これは嘘、きっと俺の気のせい。
あまりに秋と一緒に居すぎて、感覚がおかしくなってしまっただけだよね?


…そうだよね?


ねえ、お願い…そうだと言って…



なのに、なのに、どうしてなのかな。
この感情をちゃんとした一つの形として認識してから、秋と一緒に居ると胸が苦しくなった。
目が合うだけで、ほんの少し手が触れるだけで心にヒビが入った。
秋が俺の瞳を、髪を「綺麗だ」と言うだけで、どうしたらいいか分からない程ドキドキした。
鼓動は鳴りやまず、好きだということを否定したくとも出来なくなった。
そして、俺の秋に対する独占欲は恋愛感情に比例するようにますます増していった。



[54]





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -