追憶

追憶 | ナノ


季節は巡り、桜舞う春がやってきた。
凍って冷たかった世界は春の訪れにより、雪が溶けてピンク色に色付いていく。
ヒラヒラと舞う雪は桜に変化して、至る道には小さな花びらが舞い落ちていた。


「じゃじゃーん!見ろよこのピアス!昨日見つけたんだけど綺麗だろ?ロードナイトっていう天然石なんだってさ。春乃のイメージにぴったりだと思って」


屋上でいつものように秋とお昼を食べていると、突然彼がそう言った。
彼の掌に乗っているのは春を閉じ込めたかのようなピンクの一粒のピアス。


「…これ、俺にくれるの?」


「もちろん」と彼は言うと、そのピアスをそっと俺の掌に乗せた。
全くと言っていいほど重力を感じさせない小さな小さなピアスは、太陽に反射して眩いピンクに光った。


「春乃のために選んだんだから、つけてくれなきゃ困る。因みにこれ、俺とお揃いな」


「…お揃い…?」


「そ。だから早くこれが出来るようにピアス穴開けてよ、絶対似合うからさ」


正直、「俺がしても似合わないのでは?」と思った。
秋がしているから似合っているのであって、俺なんかが秋とお揃いのものをつけていたら…


「何で浮かない顔してんの?気に入らなかった?」


「そうじゃなくて…。秋と同じのをつけるなんて恐れ多いというか…」


「なーに言ってんだよ。まだ自分のこと卑下してんの?いい加減自分の魅力に気づけよなー」


彼は悲しそうにそう言うと、どこからかふわりと飛んできた桜の花びらに手を伸ばした。
それを指先で摘むと「やっぱり桜は春乃にぴったりだな」と呟く。


「…じゃあ、秋が開けてよ。そしたら俺、つけるから」













「秋先輩、こんにちはっ。…あれ?その人はどなたですか?」


雨の降る夕刻だった。
窓には大きな雨粒が叩きつけられて、それらは不鮮明な落下速度で下へと落ちていく。
生徒会選挙が迫っているらしく、秋は毎日忙しそうにしていた。

このまま行けば秋は会長に選任されるだろう。
彼には皆を惹き付ける何かがある。それを具体的に口にすることは難しいけれど、とにかく人の前に立つべき人間なことに間違いはなかった。


「俺の友達。春乃って言うんだけどめっちゃ綺麗だろ」


「…え、もしかして男性の方ですか?」


「ふは…っ、小坂ー、確かに春乃は綺麗だけどどっからどう見ても男だろ」


「僕にはどちらにも見えますよ…?」


栗毛色の髪の毛に、人懐っこい顔つき。
純粋そうな瞳には、無邪気な子供らしさと自分を曲げない信念が詰まっているように見えた。

彼を初めて目にした時、理由は分からないのにほんの少しの焦燥感が頭を掠めた。


「あっ、初めまして。小坂あやめです。今回の生徒会選挙で会計に立候補してるんですけど、実は秋先輩に憧れて生徒会に入りたいって思ったんです。
凄いですよね、秋先輩って。僕、初めて先輩を見た時『この人に着いて行きたい!』って直感的に思ったんです。それにしてもお友達もすっごく綺麗なんですね…」


「さすが秋先輩の友達だなあ」と彼は言葉を続ける。


「だろだろ?春乃は俺の自慢の友達なんだ。凄い優しい奴だから、小坂もすぐ仲良くなれるとおもうよ。なっ、春乃」


俺は小さく「うん」と返すことしか出来なかった。
そして次の瞬間、さっき焦燥感を感じた理由を理解できてしまった。


俺、秋を取られることを恐れてるんだ…
この子と秋が仲良くなって、見捨てられることが怖いんだ…


それはあまりにも醜く、あまりにもはっきりとした形を持った感情だった。


秋が俺に優しくしてくれるから、大切にしてくれるから、「秋にとって俺は一番の存在なんだ」と勝手に思い上がっていた。
二人だけの世界があると勝手に信じ込んで、秋を独り占めしようと思ってしまった。


…なんて自分勝手で、身勝手な感情。


「これからよろしくお願いします。…えーっと、春先輩?」


俺のこんな感情を少しも知らない彼は、無垢な瞳を困ったように曇らせる。


「春に秋でなんかすげーいい感じ。前々から思ってたんだよなー。俺と春乃って相性いいよなあ、って。運命的って感じ?」


「むうー、酷いですっ。僕だって秋先輩と運命的になりたいです!」


胸の奥底から真っ黒な感情が渦巻いてくる。
これ以上秋に対する感情が膨れ上がらないうちに、どうにかしなければ…


どうしようもない焦りの気持ちだけが、体中を支配していた。



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