contact【接触】






「…雨谷くん…雨谷くん」

部室のごちゃごちゃとしたカオスな空間に埋もれているソファーに腰を下ろすと、サークル内で一番の変人だと噂されている、村本蒼真から声を掛けられた。

げ、やばい、と俺は焦りを感じる。
こいつ、凄い話し出すと長いんだよ。しかも、何を言っているか分からない。

「デカルトは我思う故に我在りと言ったけど、それについて雨谷くんはどう思う?僕はね、第一に我っていう前提がおかしいと思うんだよね。おかしいと思わない?確かに思考するのに自分の存在は必要不可欠だけれど、それを疑問視することが無視されているっていうのは」

―こいつは一体何を言ってるんだ?
口を開けば哲学を齧ったようなことばっかりで、到底理解に及ばない。
俺はうだうだ答えの出ないことを考えるのは好きじゃねえんだよ。

「人生なんて最初から決まってるのだから、無理に足掻いたって意味がない」

これが持論の俺としては、村本と分かり合える日は永遠に来ないだろう。

「…ああ、おかしいんじゃないか…?」

よく分からないことには適当に返事をするに限る。
こいつも多分自分の思っていることを他人に話したいだけだろうしな。
「そうだそうだ」と頭の中で反芻していると、部室の扉をコン、コンと小さく叩く音が聞こえた。

「…失礼します」

小さな男性の声に続いて、カチャ、というドアの開閉音が鳴り響いて扉が開く。

「お取込み中の所ごめんなさい。入部希望の者なんですけども…」

やけに丁寧な奴だな、一体誰だ?と思いながら声のしたドアの方に体を向けた俺は、完全に動きを停止した。
扉の前に立っていたのが、先程目にしたばかりの多田樹だったからだ。

「あの、すみません。部員の方でしょうか?」

ガラス細工のような瞳を怪訝そうに曇らせながら、俺に話しかけるそいつは「ああ、すいません、名前を名乗っていませんでしたね。私は多田樹です」と懇切丁寧な口調で言葉を続けた。

「ああ…、どうも。俺は雨谷雫月です。え、入部するってマジですか」

「途中から、しかも二年目からになってしまって申し訳ないんですけれど、どうしても入部したいと思ったので…。途中入部はできますよね?」

俺は多田の話を半ばスルーしていた。
というのも、「この人は生身の人間ですか?」というくらいのあまりの美しさに見とれていたせいで、話が頭に入ってこなかったのだ。

「…これは稀に見る逸材だ…」

背後からのそっと立ち上がって目をキラキラさせ始めた村本が語りモードに入ろうとしているけど、頼むからやめてくれ。色々とややこしくなるだけだから。



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