追憶

追憶 | ナノ


「めっちゃ腹へったーはるのー、何か買ってー」


「やだよ、秋が買えばいいでしょ」


ヒラヒラと雪が舞っていた。
手は悴んで真っ赤で、吐く息は真っ白で、空気は氷のように冷たい。
道端には所々雪が積もっていて、木々には雪化粧が施されていた。
肩に落ちてくる雪の欠片が一瞬にして溶けて、消えていく。


俺は秋と二人学校帰りの道を歩きながら、その冬景色に目を配っていた。


「この間まであんなによそよそしかったのに、今じゃあこんな風になっちゃって、秋ちゃん悲しい」


明らかに嘘泣きという表情を浮かべながら秋が悲しそうに言う。


「もっとおとなしいのかと思ってたけど、実際は違ってたなー」

「…すいませんね、大人しくなくて」


「違う違う、寧ろ大人しくなくてよかったなってこと。春乃といると、めっちゃ楽しいもん。あー、春乃も生徒会に入ってくんねーかな…そしたらもっと楽しくなるのに」


純粋に嬉しかった。
秋と出会ってから心がどんどん温かくなって、今までの自分が姿を消していって、代わりに新しい自分が姿を現して。


遮ろうとしても、ズカズカと入り込んできてその光を嫌ってくらいに照らしてくる。
瞬く間に、冷えた影の空間を日向の陽だまりに変えてしまう。


それが、秋だった。








「寒すぎてやばいんだけど。寒いし腹減ってるしで俺死ぬかもしんない…」


「仕方ないなあ…コンビニで何か買ってあげる。今日だけだからね」


「神様!仏様!女神様!春乃様…っ、この御恩は一生忘れません…」


秋は俺に抱きつきながら本当に感謝してます、っていう声で言うものだから「大袈裟だなー、もう」と思わず呟いてしまった。


秋が俺の悴んだ氷のような手を掴んで「やば、めっちゃ冷たい。女神様の手が冷えている…」と神妙そうに言う。

「はは…っ、そうだよ。俺が秋の女神様なんだから、あっためてよ」


ふわふわの手袋をはめた秋は、それを外して俺の手に被せてくれる。
その手袋には秋の体温が残っていて、とても暖かかった。


「秋の手が冷えちゃうよ」


「春乃に肉まん買ってもらうからいいもーん、甘まんも買ってもらうもんね」


秋がにこやかに笑う。
それに続いて俺も笑った。


この世界に心の満たされる桃源郷があるのならば、間違いなくここがそうなのだろう。
心から笑顔でいることのできる、この場所が。



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