追憶 | ナノ
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「はるのー、一緒に飯食おーよー」
教室の扉が勢いよく開き、クラスメイトの視線が一斉にそちらへと向く。
そこにいる人物が「彼」なのだから、尚のこと。
「はるのー?いんのかー?」
目立ちたくない。俺なんかがあんな目立つ人と一緒にいるなんて、彼に悪評が立つに決まっている。
「あ、いんじゃん。なんで無視すんだよ」
ズカズカと人目を気にせずに俺のいる席まで歩いてきた彼は、俺の意志は関係なしに勢いよく俺の腕を掴んだ。
「…ちょっと…っ、町屋くん、俺のことは放っておいていいですから」
「なんで?俺が一緒にいたいんだからいいじゃん」
彼は心の奥底から他人の視線など気にしていないようだった。
「あ、こいつね。大人しすぎるけど悪い奴じゃないから。
こんな綺麗な顔立ちじゃあ高嶺の花みたいで話しかけにくいと思うけど、な」
芯の通った透き通った声でそう言い放った彼は、「じゃ、行くか」と強引に俺を引っ張って歩いて行ってしまう。
反対する隙など全くもって与えずに。
「何で、俺にこんなに関わろうとするんですか…?
こんなことをしても、何の得にもならないのに」
彼と出会った屋上の隅っこで、彼と隣合わせになりながら純粋な疑問を呟く。
お弁当を頬張っていた彼は、急いで食べ物を飲み込みながら「単純な興味。その一言じゃ駄目なの?」と声を落とした。
「俺ね、初めて出会ったんだよ、こんな綺麗な人に。最初に春乃を見た時、どっか他の世界に迷い込んだのかと思った。
でも、悲しそうな顔をしてたからこっちまで悲しくなったんだ。この夜空みたいな綺麗な瞳に、光が映り込むところが見たい。何なら俺がそうできたらいいな、って」
綺麗?綺麗な瞳…?
不思議でならなかった。俺が綺麗なんて、この人の目はおかしいんじゃないか?
「俺が綺麗…?何言ってるんですか」
「は?嘘、自覚ねえの?…もしかしてもしかすると自分が周りから距離置かれてるのも、自分が悪いからだって思ってる?」
「…だって、そうでしょう」
俺が暗くて、つまらないから人は俺の元へ集まってこない。
俺には勇気がないから、他人と深く関わることができない。
「春乃。今から俺が言うこと、ちゃんと聞けよ。
春乃が綺麗すぎるから、皆は近寄り難いんだよ。ほんとは皆、春乃と仲良くしたくてしょうがないって思ってる。けど“俺らとはレベルが違うから”って結局は話しかけることを諦めるんだ」
「……はい…?」
「あのさ、春乃はこの学校では有名だよ。知らないの?すごく綺麗な人がいるって噂になってるの」
何を言われているのかさっぱり分からなかった。
俺が噂になってる?綺麗な人だって?
「実際目にすると、確かに信じられないくらい綺麗だった。こりゃあ別次元の人間だよなあー、って思ったよ。俺みたいに自分を飾らなくても目を引くっていうか」
ふと彼のお弁当に目をやると、いつのまに食べ終わったのか容器の中が空になっている。
これじゃあまるで、俺の食べるスピードがものすごく遅いみたいじゃないか。
「…あの、町屋くんはどうしてそんな恰好をしてるんですか」
素朴な疑問を尋ねながら、俺は彼の方へ体を向けた。
「俺のこれは自分を保つため、みたいな?大勢の中に埋もれて自分が誰か分からなくなるのって恐ろしいじゃん。だからせめて俺は自分を誇示しておこうと思って」
そう話す彼はとても悲しそうで。こんなキラキラした人でも恐れていることがあるのか、と心底驚いた。
「だから春乃が羨ましい。なにも繕わなくても、こんなに綺麗なんだから」
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