黒猫の根付のついた鍵を袖から取り出し、鍵穴に差し込みガチャリと回す。
草履を脱ぎ、つかつかと歩き居間の戸を開ける。
『チッ…居ねェのか』
戌の刻―
家主がいない部屋は、薄暗くて何だか肌寒く感じる。
電気をつけドカッと畳に腰を下ろし、いつものように煙管に葉煙草を入れ火を点ける。
仕事にしちゃあ帰りが遅すぎる…
次第に不機嫌になり眉間の皺が深くなるのが自分でも解る。
約束していたわけではないが、いつもは不意に訪れても笑顔で迎えてくれる**がいない。
この時間なら家にいるはずなのに、いないのが気に喰わない。
『こっちは大きな仕事を終え、残りの細かい雑務を万斉に押し付け逢いに来てやったのによォ…』
そんな事を呟きながら灰吹きにポンと灰を落とし部屋を見渡す。
壁に掛けられた暦に何やら書いてあるのに気付き立ち上がり見る。
…出張か。
予定では今日の夕方に帰って来るらしいが、仕事が長引いているのだろう。
この時間になっても帰ってこない。
自分の引きの弱さに少々落胆し、小さな溜息を吐いた。
手持ち無沙汰で、ゴロリと畳に寝転がった。
来慣れた部屋なのに、**がいないというだけで居心地が悪く感じる。
気を紛らわせようとテレビをつけたが、くだらねェ番組ばかりですぐ消した。
仰向けに寝転がり天井の染みを見ながら思う。
…古くて狭い借家。
以前
『俺の女なんだから、こんな小汚ねぇとこに住んでんじゃねェ。もっといい所に住まわしてやる』
と申し出たが、
「鬼兵隊の高杉晋助の女がこんな家に住んでいるなんて誰も思わないでしょう?…貴方に危険が及ばないわ』
そう言った**。
自分の都合でしか逢えない事と普通の恋愛とやらをさせてやる事が立場上できない自分に文句も言わずついてきてくれる**に言葉にこそしないが感謝している。
せめてもの償いとして贅沢をさせてやりたい。
綺麗な着物や装飾品、広く大きな家…
**が望む事は何でも叶えたいと思っている。
『もう少し甘えてくれりゃ可愛げもあるのになァ…』
今まで相手にしてきた女とは勝手が違い、媚びる事も卑下する事もない。
真っ直ぐに俺という人間を見て、対等でいようとしている。
始めこそは、生意気な**を屈服させてやるつもりだったが…どうもできなんだ。
思い通りにならねェから、心底惚れちまったんだろう。
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