大好きだった恩師を失い、攘夷戦争に参加するも敗れ多くの仲間を失った。
俺はこんな世界が嫌でしょうがない。俺の心は…死んでしまった。
数年前、鬼兵隊を再発足し、腐った世の中を壊そうとテロ活動を始めた。
護りたい者などは、二度と持たない。失った時絶望するだけだ。
ただ暗闇の中を突き進んでいく。
何をしても心が満たされることがない。
女を買い何度抱いても余計に苛立つ。
この世に俺を満たしてくれるものは、無ェのか…?
月が綺麗な晩。
こんな日は、酒を呑みながら月見をしようか…。
馴染みの置屋に芸鼓を寄越すよう電話する。
『今夜は、皆出払うてしまいまして…。舞妓見習いならおりますが、どないしましょ?』
『…そいつでいい。』
酒を注ぐ事ができりゃいい。
その娘は、何も言わず酒を注ぐ。
そして俺の隣で黙って座っている。
普通の女なら、俺を振り向かせようと、煩く話しかける。
『…お前ェは、何で黙っているんだァ?』
『高杉様のお月見の邪魔になってはいけないかと…。』
変な娘だ。そういやァ、さっき<舞妓ではない>と言ってたか?
歳も十六か十七くらいか?男に甘えるとか、悦ばすとか知らねェんだろうな…
そんな事を思いながら、盃の酒を呷った。
数日後―
夜空を見上げると、何時にも増して月が大きく輝いていた。ふと、娘を思い出す。
置屋に電話をして、呼び出した。
娘が来るまで、三味線を弾く。
数分後、娘が来た。急いだのか息を切らし、慣れない祇園言葉で挨拶を一生懸命している。
『ククク…。』
何だか滑稽に見えて笑った。
娘は驚き、眼を丸くしている。その姿が、余計に笑いを誘う。
『クク…ハハハハ…』
『高杉様?』
『クク…悪ィ。お前ェさんが可笑しくて…クク。』
真っ赤な顔をして恥ずかしそうに俯いた。
『笑ったお詫びに、一曲弾いてやらァ。』
娘は微笑みながら、窓の外の月を眺め聴いていた。
『お前ェさんは、他の女とは違げェ。』
『ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。』
『…怒っちゃいねェよ。褒めてやってんだ』
『ろくに芸もできませんので、高杉様に退屈なお思いをさせてしまっているのではないかと…。』
『クク…お前ェさんといて、退屈だなんて思っちゃいねェよ。安心して傍にいなァ。』
と言うと子供のように笑った。
次第に、娘を呼び出す事が多くなる。一緒に過ごしたい。とさえ思うようになった。
口先だけの愛を語り、抱くわけでもない。
ただ、傍に居てくれるだけでいい。
誰も癒すことができないこの俺が、娘といる時だけは不思議と癒されている。
忙しく、逢えなくなり数ヶ月が過ぎた。
仕事も落ち着き娘を呼び出そうと置屋に電話したが、
『京から出て行ってしもたんどす。』
半ば強引に聞き出すと、
『あの子の友人が強盗に襲われ、亡くなりはったんどす。桔梗は憔悴し、心配しはった幼馴染の娘さんが連れて行ったんどす。』
言葉がでなかった。否、出るはずもねェ…
俺だけが癒されていた。
アイツが辛れェってのに、自分は傍に居てやる事もできなかった。
自分自身に腹が立つ。
すぐさま、万斉と来島と武市に居場所を探させた。
数日後、万斉からの報告で、
・本名は、****
・故郷は佐賀藩。八歳の時に、父親は攘夷戦争で亡くし、直後に母親も病死。父親の知人に引き取られ剣術と勉学に励む。剣術に特に長け<神童>とも言われるほど。
・十六歳で妖刀<青龍>の帯刀者となり、妖刀<白虎>の帯刀者に命を狙われている。
・護衛として、更科柊と水城桃が付く。表向きは、柊が帯刀者となっているが、ばれるのは時間の問題。
・各地を転々としているが、現在は江戸の歌舞伎町に潜伏しているらしい。
まだガキだってェのに、こんな苦労してきやがって。
今度は、俺が…**に借りを返す番だ。
『近々、江戸に行く。途中の仕事があるなら早く終わらせろ。万斉、引き続き二本の妖刀について調べろ。来島、<白虎>の帯刀者の居場所など、詳しく調べろ。武市、現住所を調べろ。』
『わかったでござる。』
『すぐ調べるッス!』
『わかりました。』
そうして、集めた情報をもとに江戸に向かった。
歌舞伎町に行き**が働いている寺子屋に行く。
下校時間になるまで、路地に隠れて待つ。
時間になりガキ共がでてきた。一緒に懐かしい顔も。
『生意気に<先生>なんて呼ばれてやがらァ。』
そう文句を言いながら、元気そうな姿に笑みがこぼれた。
ガキ共を見送っていた**に声をかける。
何故か俺をみて、再会を喜ぶどころか僅かに怯えているようだった。
夜の約束を取り付けすぐ別れた。
以前のように二人月を眺める。
**は少し艶めかしくなっていた。
京の頃は、まだガキくさかったが…女は変わるもんだ。
年頃の娘だからか、それとも誰かが**を女にしたのか…
どこぞの馬の骨なんかに**をとられるのは面白くない。
不機嫌に歪む顔を、悟られないよう窓の外を見て煙管をふかした。
しばらくして、妖刀について問い、決闘をするように勧めた。
これ以上、妖刀に自由を奪われ人生を終わるような事だけはさせたくねェ。
お前ェが負けそうになったら、俺が相手を殺してやらァ。
翌日**から返事があり
『決着をつけます。それでお願いがあるのです。これは、私の戦いだから…晋助は手出ししないでください。この戦い、誰にも邪魔はさせない。…大丈夫ですよ?私、勝つ自信ありますから。』
この状況の中、笑いながら言いやがった。でも、本当は不安で今にも泣きだしそうなんだろ?こんな時に傍に居てやれない。
『すまねェ…』
そう何度も一人呟いた。
決闘当日―
俺は無言で**を見つめる。
負けるなんてこれっぽっちも思っちゃいねェ、いい眼をしてやがらァ。
万斉の合図で、戦いが始まる。
さすがに<神童>と言われるだけあって、いい剣技だ。
流星光底のごとく、三人はいとも簡単に敵を倒していく。
『!!』
凱に殴られた後、**を纏っていた空気が変わった。
俺や銀時と似ている…心の中の修羅。
アイツも修羅を飼っていたとはなァ…。
愉しそうに凱を斬りつける。凱の血の飛沫を浴び、冷酷な眼差しで…口元には笑みを。
『お前ェだけは、俺のようになるんじゃねェ…。』
**と凱が、妖刀に手を掛ける。
その刹那…
**の背後に、青い龍が…
凱の背後に、白い虎が…
相手を喰らう勢いで見据えている。
二人…否、二頭は同時に攻撃にでた。
…すべては終わった。
妖刀は、**が二本共折り処分し本当の自由を手にした。
だが…
『ちっちェ体で…お前ェはすげェ女だよ。でもなァ、約束を守らねェのはいただけねェな。早く目ェ覚ましてくれよ。俺と月見すんだろ?』
意識が戻らない**に話しかける。
**は瀕死の状態だった。
意識がないまま、4日目…
やっと**が目を覚ました。
俺が、今まで生きてきてこんなに嬉しいと思った事があっただろうか?少なくとも、松陽先生を失ってからは無かった。