筆を置き外を眺める。
昨日までの冷たい雨が嘘のように今日は日差しが降りそそぎ、春がきたかと勘違いしてしまうような温かさに誘われるように「少し休憩しましょうか、ね」と軽く伸びをして庭に出た。
縁側に座り明日の予定を考えていると
『松陽さん!見てください、今年は豊作です!』
嬉しそうに両手いっぱいに白菜やら大根やらを抱え歩いてくる妻。
「これはこれは…立派に育ちましたね」
『今年はお隣の早川さんのお婆さんにコツを教えてもらいましたから。あ、今お茶入れますね』
忙しなく動いている彼女の姿に頬が緩む。
二人並んでお茶をすすり落ち着いたところで
「花子、お誕生日おめでとうございます。大した物は贈れませんが…」
懐から小さな包みを取り出し渡す。
先日、京に行くという知り合いにお願いをして買ってきてもらった香り袋。彼女が以前身に着けていたものと同じ香りだ。
『わあ!ありがとうございます。すごく嬉しい』
そう言って香り袋を握る彼女の手を見ると、所々あかぎれができており痛々しくて…胸が張り裂けそうになり彼女の手を包んだ。
「花子には苦労ばかりかけてしまって…幸せにすると約束したのに」
出逢いは遊学先の江戸。商家の一人娘である彼女と恋をし夫婦となった。彼女はいつも綺麗な着物を着て華やかで輝いていた。またそんな彼女の隣を歩ける自分も誇らしかった。
確かに彼女の実家のような財力は私には無かったが、できるだけ彼女には苦労はかけまいと頑張ってきたつもりだった。
だが予てから夢であった、未だ自由に学ぶことができない故郷の子供達の為に手習塾を開業したい、と言った時から特に苦労を強いていると思う。
知り合いから安く譲り受けた道場付の屋敷ではあったが、築年数が古いせいか修理代もかさむ。あちこちに金策に走るが足りない。
彼女は生活の為と、近所の農家に教えてもらいながら野菜を作り、縫物の内職をしたり、また嫁いできた時に持ってきた着物数枚を質に入れお金に換えたり。
彼女が気に入っていてよく着ていた着物まで売っていたと知った時はさすがに辛かった。いや、きっと彼女の方が辛かったであろう。
自分の我儘のせいで…もしかしたら私の妻になった事を後悔しているのではないかと不安にかられ俯いてしまう。
本当は離縁した方が彼女の為なのかもしれない。が、怖いのだ。彼女を失うのが…少しでも永くこの幸せの中で生きたい。だから私は謝る事しかできない。
「本当に…すみません」
『…私、幸せです。どんなに辛くても貴方が居てくれるから、私は幸せでいられるんです。ですから、ずっと松陽さんのお傍に置いてください』
貴女がこの世に産まれ、出逢えて本当に良かった。
こんな自分をすべて受け入れ、愛してくれる彼女に泣きそうになる。
この先、私の生涯をかけ花子の為に生きていこう。
「ええ、ずっと…永遠に一緒です」
甘えるように私の肩に頭を預けてくる花子の肩を抱き、額に誓いの唇を落とした。
END