いつものように、生徒を見送る。
背後に気配を感じ振り向くと、懐かしい顔。
『よォ、久しぶりだなぁ、桔梗…否、**。』
『…ご無沙汰しております、高杉様。京でのお座敷以来ですね。』
『…相変わらず別嬪さんだな。お前ェさん、今晩時間作れ。
久しぶりに逢えたんだ、今夜は一緒にと呑みてんだ。日暮れに船着き場に来なァ。』
『…どうしても?』
『あぁ、必ず来い…めかしこんでなァ。』
『フフ…相変わらず強引なお方。高杉様らしい。解りました、では今晩…』
『あっ!**さ…』
(一緒にいるのって、鬼兵隊の高杉?銀さんに知らせなきゃ!!!)
―万事屋―
『ぎ・銀さーん!大変です!!高杉が江戸に!!』
『うっせぇよ、新八。高杉だって江戸に来ることあんだろーよ。』
『そうアル。ダメガネは黙って便所掃除でもしていればいいアル』
『誰がダメガネだぁぁぁ!!って、今日掃除当番神楽ちゃんだよね?お前がしろ!クソガキ!!だから、**さんと一緒にいたんですよ!あの高杉と知り合いなんて』
『…で、連れ去られたりしてねぇだろうな?』
『はい。高杉はすぐどこかに行っちゃいましたから。』
『ナンパアルヨ。**は可愛いからネ。銀ちゃん早く手を打たないと取られるアル』
高杉と知り合い?まあ、京にいた頃に知り合っていてもおかしかねぇ。
でも…あの高杉がわざわざ逢いに来るか?
…何かある。
高杉晋作…
京で舞妓の真似事をしていた時に何度か呼ばれた。
舞以外ろくにできない私をわざわざ呼ぶ変わったお客。
舞妓仲間は、彼を怖がっていた。何人か罵倒を浴びせられ泣いていた。
けれど、私には優しかった。
ただ、お酌をしながら二人で月を眺めていただけ。
ある時は、彼の得意の三味線の手解きを受けたこともある。
一度、なぜ私を呼ぶのか聞いた事がある。
『芸も女も未完成の方がおもしれぇだろ?お前ェさんは特別だ。ただ隣に座っているだけでいい』
そう言いながら、頭を優しく撫でられたのを思い出した。
だけど……何故今頃…偶然ではないだろう。あの人は何を考えている?
狙いはなに?青龍?
彼は鬼兵隊だ。…危険だが行くしかない。
私は身支度を整え、母の形見の懐刀を手にした。
窓から急いで出かけていく##NAME1##をみた。
いつものように声をかける。
『おーい、そんなにめかしこんでどこ行くんですか、お嬢さん?』
**はこっちをみて答える。
『昔の知り合いに逢いに…』
いつもと違う‥作り笑顔で。
船内に入ると、高杉晋助は三味線を弾いていた。
『本日はお招きいただきましてありがとうございます。高杉様。』
『もう舞妓も芸鼓もしてねェんだ、下の名で呼べ。』
『晋助様?』
『‥様もつけねぇでいい。』
『し・晋助??』
『それでいい…お前ェ、三味線はどのくらい上達した?貸してやるから弾いてみな。』
そういうと、私に三味線を渡す。
言われるがまま、一曲弾いてみる。
♪〜♪〜
『いかがでした?少しは上達したでしょうか?』
『ククッ…まあまあだな。あの頃よりは上手いぜ。…まぁ一杯付き合えよ。呑めるだろ?
今夜はでけェ月がでてるぜ。月眺めるの好きだもんなァ。そういや、祭も一緒に行ったこともあったな。ガキみてェに、夜店にはしゃいで迷子になって大変だったなァ…』
彼は、煙管に火をいれ煙を吐きながら私に微笑みかけた。
こうしていると、京にいた頃と錯覚を起こす。
この人と過ごす時間が大好きだった事。
常に神経を尖らせていた生活で、唯一心が休まる時間だった。
ただ、いい思い出ばかりじゃない。
私は、大切な友達を失った。今も後悔し続けている。
そんな事を考えていたのが解ったのだろうか?
『あの娘が死んだのはお前ェのせいじゃねェ。運が悪かっただけだ。それなのにお前ェは…自分を責めたんだろ?いや‥今も責め続けてる。急に居なくなりやがって、俺ァ探したんだぜ』
『ごめん‥なさ‥い』
事件の後、あまりに憔悴した私を柊と桃が京から離した。
『まぁいい。またこうして逢えたんだ。元気そうで安心したぜ。』
そう言って、彼は三味線を手に取り一曲弾いてくれた。
しばらく船窓から二人で月を眺めていると、
『…**、お前ェ青龍の帯刀者か?』
『え‥ちが‥』
『とぼけても無駄だ。こっちは調べたんだからなぁ』
『……私をどうするおつもりですか?』
『助け舟を出してやろうと思ってなぁ…条件付きだが』
『条件とは?』
『青龍と白虎だ。』
『…いくら刀を手に入れても貴方には使えませんよ。』
『お前ェが鬼兵隊に来ればいいだろ?』
『私は自分の意志でしか刀は抜きません。いくら貴方の命令であっても。』
『ククッ‥お前ェはそう言うと思っていたよ。別にお前ェを手駒にしようなんざ思っちゃいねェさ。…妖刀なんてどうでも良かったんだが、帯刀者がお前ェだと解ったら、どうしても欲しくなってなァ。いいかげん刀に縛られるのも嫌だろ?護衛の二人も可哀想だと思わねェか?自由を奪われてまで、命を狙われてまで護る必要がその刀にあるのか?お前ェに刀は似合わねェよ。俺は可愛いお前ェを楽にしてやりたくてなァ…』
**は<鳩が豆鉄砲をくらった>様な顔をして俺を見ていた。
クク…面白れェ顔してらァ。
**には借りがある。
こんな仕事をしていれば精神的に疲れることだってある。
コイツと一緒にいると何故だか安らいだ。
隣にいて俺と月を眺めてくれる。ただそれだけで。
俺にとって、大切な存在だった。
これが恋や愛かどうかは解らねェが、コイツの辛い顔は見たくねェ。
この嬢ちゃんは自分の弱ェとこは人に見せねェ。
そうならざるを得ない環境にいたんだろう。
泣きたい時も泣けず、怒りたい時も怒らず…本当は脆いくせに。
二人きりの時ぐらい泣いてもいいのになァ…。
『何で、お前ェに手をださないか知ってか?女としての色気がねェというのもあるが…それだけお前ェを大切に思ってたんだ』
そう言いながら彼は、私の頭を優しく撫でた。
彼は今も私に優しい。
誰かに大切にされていると思ったら素直に嬉しかった。
『話は戻るが‥白虎の持ち主が躍起になって探してる。青龍の持ち主と勘違いされ何人か切り殺されている。相手に居場所を知られて襲撃されるより、こっちから仕掛けたらどうだ?**…お前ェ決闘しろ。危険ではあるが…強ェだろ?万が一お前ェ等が殺されそうになったら、助けてやる』
『……少し時間をください。』
『あぁ、よく相談して決めな。連絡先は…わかるな?』
『はい』
彼はもう一度私の頭を撫で、船頭に岸につけるよう指示をだした。
『今日はお逢いできて嬉しかったです』
『…俺もだ。またな』
『お気をつけて』
船が見えなくなるまで見送った。
彼は昔と変わってなかった。変わったのは私の方だ。殺伐とした毎日を過ごすうちに、他人を寄せ付けず、人を疑うようになっていた。
全く…嫌な人間になってしまった。
トボトボと歩く。
『決闘しろ』彼の言葉を思い出す。
確かにこのまま逃げ続けていても解決しない。早く終わらせたい。
だけど……実戦経験がない私が相手に勝てるのだろうか。
柊と桃を護れるだろうか。
…恐い。
今までに感じたことのない恐怖が襲う。身体が震える。