「この奥に何かが居るのは間違いない」
2人は、部屋の前まで来ていた。
ラヴィは階段の上で待たせている。
「リズナ、君はラヴィを頼む」
「…そうね。私はラヴィちゃんの護りに専念するわ」
「ああ、頼む」
ウルズはそう言うと、リズナは階段を登りラヴィの所まで到着する。
その様子を確認してから頑丈なカギを、を蹴り破ると言う選択をする。
ウルズが数回扉を蹴る。
すると中から何やら物音がするのを確認できた。
それは、生き物の吐息のようなうめき声のようなものだった。
−…何がいる?
ウルズはそう思いつつも何度か蹴り、見事に扉を蹴り破った。
「!!」
彼が、扉の向こうで目にした物とは、もう事切れそうな犬と、その隣りでそんな犬の様子を心配する飼い主の姿だった。
「君は…あの時の…?」
ウルズが地下を発見した時に話しかけてきた男だった。
彼は、もう直ぐにでも死んでしまいそうな犬を必死に抱きしめていた。
「や、やめてくれ!!殺さないでやってくれ!!」
男がそう言う。
ウルズは、何の事だかさっぱり分からず彼に尋ねた。
「どういう事だ?」
「こ、こいつは悪くねえ!こいつは悪かねえんだよ…!」
「悪くない?…どういう意味だ?」
「そ、それは…」
飼い主の男が言葉に詰まった時だった。
突然死に掛かった犬が暴れ始めた。飼い主はそんな犬から離れて必死に落ち着かせようとしている。
「ジョン、落ち着け、大丈夫だから!ほら、餌だ、な?だから落ち着け、ジョン!」
暴れ始めた犬は、既に正気ではなく何かを求めて必死に鎖から脱しようとしていた。
それは、まるで外で徘徊する屍達のようだ。
「この犬は、まさか…」
そう言って、思わずウルズが銃を構える。
「や、やめてやってくれ!!殺さないでやってくれ、頼む!!!」
ウルズの足にしがみ付き必死に犬の命乞いをする飼い主。
しかし犬の方は既にそんな飼い主の事さえ忘れて、彼らをただの餌としか認識して居ないようだった。
「頼むよ、確かにたまに凶暴になっけど、まだ正気に戻る時があるんだよ…!だから、お願いだ、殺さないでくれ!」
「…一つ聞く。上の者達を殺したのは?」
ウルズは、飼い主である男に問いただした。
彼は、その問いには答えられないと言った風に黙ってしまう。
そんな彼の様子で、ウルズは、犯人が誰であるのか簡単に理解できた。
ウルズが銃を構える。
しかし、飼い主である男はそんなウルズの銃を無理矢理降ろし制止した
「頼む、たった一人の家族なんだ!!」
ウルズは、そんな彼の必死な訴えに思わず銃を構えるのをやめてしまった。
その間も犬は、狂ったように暴れ鎖を脱しようとしていた。
犬には、もう彼と家族だった頃の面影などなく、唾を撒きちらし目は白目を剥き、腹からは恐らく屍どもに食らわれたであろう肉がむき出しになっていた。
もう生きて暴れるなんて出来る訳はない程重傷であるにも関わらず犬は狂ったように、ウルズと飼い主を目指して唸り声を上げていた。
その目は既に、獲物を捉える獣の目だ
「頼む、頼むよぉ…!俺の大事な家族を奪わないでくれ…!!」
「上の悲惨な状況を見ただろう…?君は、それを見て何も思わないのか?」
「それは、たまたま腹の虫が悪かっただけなんだ。こいつは悪くない。悪くないんだ!」
必死な彼の頼みにウルズは、思わず哀れになってしまう。
大事な家族がこんな目に合って居るのに彼はただ隣でこうやって見守る事しかできず、庇いきれずに居るのだから。
それはそうだろう、上の悲惨な状況を起こしたのはこの犬で、あんな多くの犠牲を出しておきながら腹の虫が悪かっただけでは済まされない。
「…その犬には何の罪もないのは分かっている」
「じゃ、じゃあ殺さないでくれるんだな!!?」
「…君は殺されてもいいのかい?」
「そ、それは…!」
「恐らく、この犬の鎖が切れた時、次に食われるのは君だよ」
男はウルズの言葉に黙りこんでしまった。
おそらく彼も分かっていたのだろう。次にこの犬が正気を失った時、次に襲われるのが自分である事に。
それでも彼は、自分の家族を守る事を優先しこの部屋に匿っていたのだろう。
「…そんな事わかってるんですよ。だから俺は…」
「なんだって?」
「だって、ジョンはずっとこんな所に閉じ込められて!!可哀想じゃないですか!?
だから、俺は教会内部にジョンを放したんです、そしたらジョンは次々と人を襲って…。
全員襲い終わって帰ってきた時には普通のジョンに戻ってたんです、だから!!」
「だから、またここに戻して飼って居るというのか?」
「そうです!!また普通のジョンに戻るかもしれないじゃないですか!?そしたら、また家族みたいに暮らせるんです!
だから、俺はジョンを守るんです!!」
「愚かな…!この状況を見て見ると良い。普通の状態ならばこんなになってまで生きていられる動物は居ない。
君の犬は既にもう、この世の者ではなくなっているんだよ…!」
「そんな事分からないじゃないですか!?それでもジョンはこうして生き…て…?」
生きていると言おうとした瞬間だった。
犬は一層暴れだし、ついに鎖が切れてしまったのだ。
狂った犬は、ウルズ達目掛けて駆け出した。
その様は、構って欲しいと言う愛らしいペットの様子とは全く異なり、獲物を狙う猛獣のようだった。
「く、退くんだ…!」
ウルズは、そう言って飼い主である男を退けると、手にした銃で犬を狙い打った。
2発打ち込んだにも関わらず、犬は怯まずウルズ達へ襲いかかった。
さらにもう1発おみまいしようとした瞬間だ。
「やめてください!!」
飼い主はこの状況にも関わらず犬を庇い、狂った狂犬を抱きしめた。
「ジョン、落ち着け、な?ジョン、大丈夫、怖がらなくても平気だよ、ジョン」
ジョンと言う犬は、飼い主である男に噛み突いた。
肩の肉を抉られ、痛みに耐えながら男は必死にその犬に語りかけた。
「脅えなくても大丈夫だから…。大丈夫だからな…」
そんな優しい言葉も無視して、狂犬は飼い主の肩を食らい続けた。
「よせ、もうやめろ!!」
ウルズがそう言って、男と犬を無理矢理引き離した。
しかし男の肩の肉は既になく、首の骨まで見えているに至っていた。
「…ジョン、元に…戻っ…て…く…れ」
男は、事切れる寸前まで愛犬の心配をし最後に、愛犬へ手を伸ばすが、ジョンはそんな事無視し彼を食らった
飼い主である男を、狂ったように貪ると、次はウルズの番だった。
飼い主の男が死ぬ寸前まで気遣った犬を、手にかけるのはウルズにも気が引けたが、彼は銃を構え直した。
ジョンは、ウルズに襲いかかる。
ウルズは、人離れした反射神経でそれを避けると、反撃する為銃を構え、連続で2発打ち込んだ。
2発は頭に見事に命中し、キャンっと言う泣き声と共に犬はその場に倒れこんだ。
頭から、血が流し、もう動かない犬と、その少し横に倒れる飼い主。
1人と1匹の亡骸を抱えるように整え彼は、その部屋を後にしたのだった。
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