9話
スリサズは、猛獣エリアを何食わぬ顔で歩いていた。
暗闇の中に猛獣の呻き声、鳴き声、唸り声などが混じりあい不協和音を奏でるその空間で、
彼は決して怯えずに、むしろ笑いながらその場所を歩いていた。
「へぇ、こいつらもやっぱ目が死んでるな」
スリサズは、檻の中を覗き込み、その中に居る猫科の動物の目を見つめた。
「これは、あれか?イリオモテヤマネコだったかな。
普通に見るとなかなか可愛いのに、こうしてみると全く可愛げがないな」
確かにその檻に居る、山猫は普段の愛猫のような愛らしさは既にない。
目を死んだ魚のような虚ろにして、彼に対して唸り声を上げ檻の鉄格子を引っかいている。
「怯えて威嚇してるわけではないみたいだな・・・」
スリサズは、そう呟くと更に他の動物も観察する。
隣の檻には、黒いヒョウが入れられており、同じような行動をしていた。
そのヒョウの目も山猫と同じ目をしている。
―それよりこの眼、気力がなくて虚ろになってるって言うより、別の影響でそうなってるみたいだ
更によく観察してみる。
―この眼、まさか・・・?
スリサズは気付いてしまう。
この眼球。
腐っている。
しかし、この動物達はそれに動じず自分に威嚇し、
檻の中から自分に攻撃をしようと鉄格子から手を伸ばしている。
確かに、自分の命があと僅かだったり、危険を感じた場合、自己防衛のための攻撃など普通なのだろうが、
この猛獣達の様子は、そのような雰囲気ではないのは明らかだった。
ただ、目の前に居る獲物に襲い掛かっている、といった感じだ。
―目を腐らせてまで、獲物を狩ろうとするか、普通・・・?
むしろ目なんか腐ってたら獲物を判別できないだろ・・・・
いや、嗅覚と聴覚があるか。
猛獣達は普通にスリサズの前で彼を狙っている。
―まず、聴覚から考えてみるか。
確かに動物の聴覚や嗅覚は人間の何十倍、いや何百倍もある。
スリサズは大きな音などは立てていないし、今は喋っても居ない。
それなのに猛獣達はスリサズの気配を確実に感知し彼に手を伸ばし、彼を捕食しようとしている。
―聴覚のほうは僕の吐息でも、聴いて位置を把握しているのかな
確かに声も出していない、音を立てていないのであれば、感知できる音といえば吐息くらいだろう。
―けど万が一吐息を感知するとしたら、なんて聴覚だ。
僕たちマシンナリー・チルドレンですら、さすがにそこまでの聴覚はないぞ・・・
スリサズは試しに石を檻の中へ投げ入れてみる。
ゴロンッ
石は音を立てて、檻の中へ転がる。
しかし、猛獣はその音には反応せずスリサズだけを見ている。
―なるほど、聴覚には頼ってないのか。
じゃあ、嗅覚のみか・・・・。いや、まてよ・・・
スリサズは、自分が機械の細胞で出来ている事を思いだした。
―僕はマシンナリー・チルドレンだ。賢い動物なら僕の臭いなどから判断して、
僕の肉体が食べられない物質で出来ている事くらい本能で察するはず・・・
彼の言うとおり、飼い猫や飼い犬に食べられない物質を手渡しても食べられない物だと判断できる。
それは嗅覚で判断している割合が多く、視力はそれを少し補っているくらいだ。
彼は身体半分、いや8割以上人間とは違うもので出来ており、
人間の身体が水とたんぱく質で出来ているのに対し、彼の身体は機械とまったく別の物質で構成されている。
何の物質で出来ているかなどはここでの説明では省くが、それは動物が食さない物質であるのは間違いない。
確かに0,1%くらいは、食せるものかもしれないが空腹を満たせるような量ではない。
ましてや、死んでいるも同然の動物の嗅覚で感知できるような量ではないはずだった。
―視力もダメ、聴覚にも頼っていない・・・。
嗅覚も効く筈はない・・・。ならこいつらは一体・・・・?
ギャオオオン
なにやら、恐ろしい程太く、力強い鳴き声のような物がスリサズの耳に入ってきた。
「なんだ、今の?」
スリサズが思わず声に出す。
先程から周りで響いている猛獣達の鳴き声や呻き声とはまた違った音だった。
しかし、今の低さ、音、長さ、など先程の音から得た様々な要素から計算してみた結果、動物の鳴声なのは確かだった。
「・・・いってみるか」
スリサズは、その声の主の方へ歩いていった。
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