V.忘却の彼方 


どこか遠くで声が聞こえる。

よく聞き取れない。

だけど必死に手を伸ばして…

知っているのに。分かっているのに。

手を差し出しても決して届くことはないと



誰でも良い。
触れて。見つけて。助けて。


…分かってるはずなのに…。それでも必死に叫んでみた。

ああ、そうだ。

誰も僕に、僕らに。

手は差し伸べてはくれない


朝が来た。
重くて、寒くて、きつい1日の始まり。

世界は暗闇に呑まれかけていた
沢山の人が血を流し、騙し、憎み、怨み、息絶える。
それでも一握りの人々は必死に光を、一筋の光を追い求めていた。

けれどここにいる幼い人形にとってはそんな事はどうでも良い事だった。


そして、彼の心から、全てが閉ざされる日が訪れる。


それは彼の創造主によって行われる最終段階だった。
この揺り篭の為に、人の種の保存のために。
マシンナリー・チルドレンの1号体を実用化する日が来たのだ。

大人達は、幼い彼から視線を逸らした。

誰かは、申し訳なさそうに。
誰かは、泣いていた。
誰かは、隣の大人と笑って何かを話していた。

そして彼女は…

「ウルズ…!」

息を切らしながら走ってくる女性に、ウルズは顔を上げた。
幼い少年の瞳は、今何を映しているのだろう

その瞳は虚だ
虚空を見つめているのか、目の前に居る女性を見ているのか

幼い少年の瞳はそれすらも判別できない程濁っていた。

「ウルズ…!」

そう言ってウルズの横に居る2人の研究員を跳ね除け、ウルズを強く抱きしめる。

その瞳にはやはり大量の涙の粒が零れ落ちる。

−…痛い。

どこが痛むのだろう

心?
強く抱きしめられた体?


−もう泣かないで。

そう言いいたかった。
でも幼い彼は、それを言葉に出来なかった。
なんて言えばいいか分からなかった。

−もう僕のために泣かないで。

そうやってただひたすら心の中で言う、思う、繰り返す。

−あなただけは、悲しませたくない。悲しんで欲しくない。

そして幼い少年は一つだけ彼女から教わった言葉を口にした。

「ありがとう」

その言葉を聴いたルクスは、ウルズの顔を見て、また泣いてしまう。
今度は抱きしめず、床に顔を埋めながら。

そんなルクスを無視し、研究員達は無理矢理ウルズの手を引っ張った。
研究員達に手を引かれ、ウルズはルクスの元を離れていく。
ルクスは彼に必死に手を伸ばすがその手は届かなかった−…


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