テキスト | ナノ
 


 3



*

知る人ぞ知る…ような人すらいないような路地を通り、イドルフリートは目的の場所にたどり着く。

ばかっと音をたててイドルフリートが開けたのは、古びたゴミ箱。つまりここは、ごみ置き場。
数ヵ所のごみ置き場に、点々と着替えをおいておき、いろんなところに証拠をばらして警察を翻弄しようというちょっとした作戦。取り替えた服は、ちゃんと袋に入れておけば自然に回収されてくれる。
とりあえずまずは血に濡れてまとわりつくシャツを着替えよう、そう思ったとき。

「なーにしてんだぁ?」

ぎくり、肩が跳ねたのが相手にも伝わったのか、気味の悪い笑い声が聞こえてくる。

「こぉんな夜中に1人で出歩いてちゃあ、危ないぜぇ、おじょーさん?」

振り向かずに(というか、振り向けずに)聞いていると、なるほど。背後にいる男は、イドルフリートを女性だと思っているらしい。金髪と華奢な体型のせいで間違えられることは多々ある。
つまり。ナンパ。

「…はぁ」
「ん?きいてんのか?」

シカトされたのかと段々不機嫌になってきているらしい男。だが、イドルフリートは。

ポケットの中に手を入れ、手探りでナイフを掴む。 顔が見えなかった男に、イドルフリートから逃げる、なんて選択肢は、当然とることはできなくて。

「せっかく気分が落ち着いて、命拾いしたなぁとか言ってやりたかったのに」
「はぁ?」
「低能だった自分を恨むんだな」

くるりざくり。男がイドルフリートの肩をつかもうと伸ばした腕の先、指が消える。ワンテンポ遅れて聞こえる、ぼとりという音。
血が吹き出すのは、もうワンテンポ後。

「あ…え、えぇ?」
「あーぁあ、また汚れてしまったよ」

口調に似合わない笑顔で、ナイフをぺろりと舐めるイドルフリートに、訳がわからないという顔を男が向けた瞬間。

どんっ

と、胸に何かが当たる感覚を最後に、男が事切れ。そのまま前に倒れ、心臓を見事に一突きしたナイフを更に深く身体に埋め込まれる。
あーあ、今日はもう気は済んだつもりだったのに。イドルフリートがそう思ったとき。

「おい、そこで何してる!?」

声に驚いて目を見開いた先にいたのは、黒髪の、イドルフリートよりすこし背の高い青年。

懐中電灯に照らされた青年の視界にはいるのは、イドルフリートと、イドルフリートが殺した、たった今殺した男。

「な…っ何があった!?」
「あ、こ、これは」

あまりにも突発的な事態に混乱しながらも、イドルフリートがなんとか口を開く。

「あ…えと、」
「おい、そいつどうした!?つか、おまえ、血が」
「ちが、これは」

後ずさろうとして、男に寄りかかられてたことを思い出す。死んでるせいで重くてどけることができず、イドルフリートが逃げるより先に青年が駆け寄ってきた。
イドルフリートを照らして改めて驚く。

「おまっ、血まみれじゃねぇか!」

イドルフリートが固まったとき、さらに青年はイドルフリートに寄りかかる男が死んでいるのにも気付き、ざぁっと血の気の引いた顔になる。

「な、おいちょ、これ…何があった…!?とりあえず、警察」
「こ、この男がいきなりナイフで襲いかかってきたんだ。それで、驚いて抵抗して、気付いたら」

今すぐにでも警察を呼びそうだった青年を止めるため、思い付いた言葉をそのまま口にだす。青年が怪訝そうな顔になる。

「な、ナイフで?おまえそれ…じゃあ、こいつまさか…!」

噂の殺人鬼、そう続けようとした青年に、男の死体が躍りかかってきた。
己が突き飛ばした死体に青年が驚いている間に、イドルフリートは慌ててその場を逃げ出した。


*

なんだったんだあいつは。イドルフリートが普段寝起きしている部屋に戻り、ようやく肩の力を抜いたとき、思い浮かんだのは先ほどの青年の顔。

危なかった。もう少しあの青年が来るのが早かったら、言い訳できなかった。
もう少しだけ頭を使って行動しなければ。次またこんなことがあっては、自分の身が危ない。
そう思いつつ、イドルフリートは眠りについた。

その日の夢は、両親を殺したあの日だった。

*

思い出すのも忌まわしいような夢のお陰で寝不足のまま、イドルフリートはバイトにきていた。
大通りに面したカフェでのウェイター時々シェフ。料理が得意なイドルフリートの、それが今のバイト。寝不足のせいでしょもしょもする目をこすりつつ、あの妙な青年、次あったら殺してやろうか、そんなことを思いつつテラスのテーブルを拭いていたら。

「…おまえ、もしかして昨日の?」

黒い影と共にそんな声が頭上から降ってくる。
驚いて声もでないイドルフリートの肩をつかみ、青年がまくし立てる。

「やっぱり昨日の!おまえいきなり消えやがって大丈夫だったのか!?おい聞いて
「ち、ちょっと。ちょっと待って、くれたまえ」

青年の手を肩から引き剥がし落ち着かせつつ、その場に座らせる。このまま騒がせておいたら何を言われるか。
イドルフリートも座り、あらためて。

「昨日は、すまなかった。私の名は、イドルフリート・エーレンベルク。イドと、呼んでくれたまえ」
「あ、えと。エルナン・コルテスだ。そんなことより、えっと、イドルフリート」
「イドでいいといっているだろう。それとコルテス、昨日のことだが」
「そうだよ!おまえ昨日」

また大きく開いた口を手のひらで制す。

「不問にしてくれ」
「もご!?」
「あれは本当に、正当防衛というやつだったんだ。たまたま散歩していたら変なやつに声をかけられた。襲いかかってきて夢中で抵抗していたら、気付いたときにはわたしが逆に殺してしまっていた。そこに君が現れたんだ。それだけだ」
「んぐぐ…っおま、それはダメだろっ」

手を振り払ってコルテスが怪訝そう、というか怒って言う。

「おまえ襲われたんだろ!?その上正当防衛とはいえ、一人殺してんだぞ、なかったことになんてできねぇだろ!」
「頼むから」
「いや、だから」
「コルテス」

初対面でなぜそこまで言われなければいけない。よくあることだろう。険しい顔でそう言うと、コルテスが言葉に詰まる。
それでもなにか言おうとしたとき、イドルフリートが店のスタッフに呼ばれた。立ち上がりながらイドルフリートがコルテスにピシャリと言う。

「この辺ではよくあることだろう。頼むから関係ない人間がとやかく言うな」
「…」

コルテスがようやく押し黙ったのを見て、イドルフリートは店のなかに戻った。
厄介なやつだったな、そう過去形で思っていれたのはほんのつかの間。

次の日、コルテスはまた同じ時間にカフェに来た。

*

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