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2日後。深夜。路地裏。こだまする足音と怯えた息遣い。時々漏れるひきつった悲鳴。
「逃げられてばかりというのもつまらないものだな…」
カツカツと足音を響かせながらイドルフリートが追いかける先にいるのは、イドルフリートと同じか、もう少し若いくらいの青年。
「くっ…っ来るな、来るなぁあ!!」
悲鳴を上げながら角を曲がろうとして、躓いて転ぶ。即座に起き上がって逃げようとするも、追いかけられる恐怖と殺されかけている現状のせいで震えが止まらない足腰ではそれも叶わず、
「気は済んだかな?ならばもう、鬼ごっこは終いにしようか」
暗がりでもよくわかる、凄惨な笑顔の殺人鬼に、にじりよられる。
「ひっ…た、たすけ
言葉を捻り消すように強くギリギリと響く首を絞める音。声もだせずに口の端から血泡を溢す苦しさに歪んだ顔と、己の腕を弱く引っ掻いてくる手をみて、イドルフリートがにっこりと微笑む。
「ああ、やっぱり抵抗してくれた方が楽しいな」
あはは、という笑い声が届いたかどうか。白目を剥く青年の首から、あと一歩のところで手を離したイドルフリートがすっとポケットから出したのは、鈍く光るごついナイフ。肉でも筋でも簡単に裂けそうなそれを逆手に持ち。
ずぶり
血の通った生肉に、突き刺す音。血が溢れだすより速くそれを抜き取り、ざくざく、数回連続で既に息絶えた身体に突き立て、止めに心臓がある辺りにナイフを埋め、満足したように笑う。
イドルフリートにとって、人の息の根を止める瞬間ほど楽しい瞬間は、興奮を覚える瞬間はない。ぎゃあぎゃあと低能で意味のないことを吐き出す口を、思考を、自分の手で止める瞬間が、イドルフリートが生きているなかで一番好きな瞬間だった。
初めて殺した相手は両親。虐待、とまではいかないでも、それに近い仕打ちを受けていたイドルフリートが、ある日気づいたら。目の前には血まみれ肉まみれの両親だったものが、自分の手にはそれと同じ赤黒いものがたくさんついていた。
呆然としたのは数秒、解放されたという嬉しさに舞い上がりながらも、冷静に自分が殺したという証拠をすべて消して家を出た。
それからは、昼間はバイトをして過ごし、夜は殺戮行為に勤しむという生活をするようになった。
そして。イドルフリートが、人を殺した後にかならずすること。
ぐちゃり、と。とてつもなく嫌な音と共に、イドルフリートの手が傷口に埋まる。と思ったら。あろうことか。中にあったものを、次々外に引き摺り出す。胃も腸も腎臓も肝臓もなんでもかんでも、自分の手や顔や服が赤く染まるのも気にせず。
「くくっ…ふ、あはは…!」
至極楽しそうに、死体を玩具にする。外にだされたことで酸化して黒くなる腸を、掴んで更に引き千切り。取り出した心臓を、まるで美しいものでも見るかのように両手でもって眺め、次の瞬間捨ててみたり。本当に楽しそうに、玩具にする。
ぐちゃりぐちゃりと、ぐじゃぐじゃと。
しばらくそうして遊んだところでピタリと手を止める。
「そろそろ、警察が嗅ぎ付けるかな…」
捕まったらつまらないからな、そういって手と口についた血を払いのけ立ち上がる。そして、散々遊んだ足元の死体には目もくれず、その場を立ち去った。
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