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*

深夜。昼間は活気付き大勢の人が行き交うスペインの通りも、流石に静かになってくる頃。
さらに奥に行き、明かりすらも届かないであろう路地裏にて。

「や…やめ…っこっちくんな、あ、ぎゃああああああああああああああああ!!!」

壁に反響する、むき出しの悲鳴。その悲鳴に混じって聞こえるなにかを突き刺す音と、悲鳴がぷつりと途切れた後の、乾いた笑い声。

「騒がしい低能め」

立っていたのは、それはそれは美しい金髪をもった青年。
なんでもないように言葉と共に放り捨てたのは、血がべっとりと付いたナイフ。カランと軽い音を立てたそれと、よく見れば同じものがべったりと、青年の顔から手から服からを汚している。

「あまり抵抗なかったな…つまらない」

言いながらこともあろうか血と肉片がついた指をなめながら、狂気の滲んだ瞳が見下ろす先にあるのは、先程悲鳴をあげた、先程まで生きた人間だったはずの、

死体。

虚ろな目はそれだけでも死んでることを教えてくれるのに、飽き足りないかな、大きくおおきく裂かれた胴体と、其所から溢れだす中身と血液が、見るに耐えない惨状を作り出している。
酸素を失って赤黒く変色した臓器を見ながら青年が笑ったとき。

遠くから聞こえる呼び掛けと、必死に警察を呼ぶ声。先程の悲鳴が表まで届いたのだろう。
青年は、舌打ちをしながらその場を後にした。


*

『またしても犠牲者が』

次の日、新聞の一面を飾ったそんな言葉をなんでもないように眺めながら、青年…イドルフリートは小さく笑いをこぼした。


『今度は刺殺!』
『また死体はズタズタ!?』
『今回も証拠はつかめず!?甦った恐怖の連続殺人鬼!!』


「甦ったとは…わたしは別に婦人ばかりを狙ったりはしないぞ…そもそも国が違うだろう」

ああ、巨乳でなければ狙うかもな、そんな恐ろしいことをふざけたように呟くイドルフリート。

今、スペイン中を恐怖のどん底に陥れている狂気の殺人鬼。19世紀末の某殺人鬼の甦りとも囁かれる存在、それがイドルフリートの正体だった。
手口は千変万化。刺殺絞殺撲殺なんでもござれ。手にかけたものはかならず無惨な姿に仕上げる。現場に証拠は一切残さず、手際も恐ろしく良く、誰が現場に駆けつけても既にあるのは死体だけ。おかげで警察は未だ証拠の欠片さえつかめず。
今までにイドルフリートが手をかけた数は既に20人強。大抵3〜5日に1人、多ければ2日に1人のペース。おかげで今やスペインの人々は朝夜構わず家にこもって震える始末。

「別に証拠を消してるつもりもないしそこまで正体隠しに全力を使っているわけでもないがな…」

警察が低能なんじゃないか、そんなことを呟く恐ろしい…というか憎たらしい殺人鬼。警察の面目丸潰れだとかそんなことはおいておき。

カフェの外のテラスで朝食をとっていたイドルフリートが、新聞をおいて帰ろうとしたとき。

「聴いた?昨日の事件、1人だけ目撃者がいるそうよ」

思わず目を見開く。
確かに全力で証拠の隠滅をはかっている訳ではない。が、捕まらないように頭を使っていない訳でもない。というか捕まらないようにはしている。
なのに、目撃者。イドルフリートは、不自然にならないように椅子に座り直し、聞こえてくる会話に耳を傾けた。

「あら、やっとそういうのが出たのね」
「ええ。ただ、余程気が動転してたのかなんなのか、ほとんど思い出せないんですって」
「なぁんだ、意味ないじゃない」
「ね。ただ1つ、その犯人、髪が長かったんですって」
「なぁにそれ、そんな人たくさんいるじゃない」
「変装かもしれないし、結局手がかりはゼロみないねー」

あはは、と笑い声を残して去っていった会話に安堵する。どうやら証拠にもならないらしい。

安心して立ち上がり、帰路につきながら考えるのは、次は、どんな殺し方を試すかだった。

*

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