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 「距離感」



*

ぎしり。静かに凪ぐばかりの水面に囲まれながら、みんなが寝静まった深夜に。張り巡らされたロープを伝ってたどり着いたのは、船の見張り台。そこに探していた金色を見つけたコルテスは、持っていたワインボトルを置きつつ隣に腰かけた。

「隣にきていいなんて、誰もいってないぞ」
「固いこというなよ。久しぶりの二人きりじゃねーか」

ぴしゃりと言われた言葉に苦笑する。嵐明けで疲れているように見えるイドルフリートの頭を撫でながら笑うと、怪訝そうな顔を向けられた。

「何しに来たんだ」
「何って…晩酌?」
「低能か君は。やっと嵐が過ぎたんだ、この機に体を休めずにいつ休める」
「お前といればそれだけで休まるからいいよ」
「なっ…にをいっているんだド低能!」
「いてぇ!」

ベシィっと。叩かれた頭をさすりながらコルテスが口を尖らす。そんなに力入れなくてもいいだろ、そう涙目で訴えると、知るかの声と共に追い討ちが来た。

「お前今日やたらと冷たいぞ!!?」
「煩いっ!君がいきなり来るからだろう!」
「意味わからんわ!」

まったく。先の言葉通り、こうして二人でゆっくり話をするのは久しぶりだというのに。恋人のこの態度に、コルテスはふかいため息をついた。

「俺さ、お前になんかした?」
「…」
「そりゃあここ1ヶ月近く、のんびり話もできなかったけどさ」

船員内で内輪揉めが起きたのを皮切りに、病人だの嵐だのと問題が重なり。かれこれ1ヶ月近く、恋人らしいことを何もできていなかったわけだけれど。

「それ別に、俺のせいじゃなくないか?一応立場的な問題もあったし…」
「……う」
「は?」

向こうを向かれたままだから、蚊のなくような声では届かなくて、コルテスが聞き返す。

「え、なに?」
「違うと、そう言ったんだ!」
「いてぇえ!いちいち叩くなイド!!」

まさかの攻撃に再度頭を抱える。叩かれる理由が見つからないと喚けば、いちいち距離が近い君が悪いと返された。距離?

「待てイド、意味がわからない」
「私にだって分かるか!」
「分かれよそこは!?」
「だからいちいち距離が近いのが悪いといっているんだ!」
「えっ、…いやイド、んなこといっても」

間を見てみるけれど、さして近いとは感じない。むしろ手も触れてなくてワインボトルが間を陣取っていて、距離は離れている方じゃないだろうか。
指摘すると、違うちがうといいながらイドルフリートが頭を抱える。

「イドどうした、落ち着けって」
「ああ、もう!だから!そっちの距離じゃなくてだな!!」
「どの距離だよ。つーか顔赤いぞ?」
「〜っ!」

どうも様子がおかしい。顔を覗きこもうとしたら、バシリと顔面を叩かれた。

から、危うく聞きのがしそうになった。

「暫く話さなかったからうまく距離が図れないんだ察しろこのド低能!!」

素晴らしい早口で言われ、言葉を処理して意味を理解するのにしばしかかる。 で、理解して。

「…イド」
「…」
「…おまえさ」
「…」
「ものすごく可愛いな」

蹴られた。

「おま…っ落ちたらどうするんだ!?」
「落ちてしまえいっそのこと鮫の餌にでもなってしまえ」
「怖いこというなよ!!だいたいイドが可愛いこと言うから悪いんだろ!?」
「煩いッ!!」

『暫く話さなかったからうまく距離が図れない』なんて。つまりは久しぶりすぎて何を話したらいいか分からないということじゃないか。
たった1ヶ月でそこまでわからなくなるものなのかと思うけれど、イドルフリートの様子を見るにこれはたぶん、何から話したらいいのか分からないと、そういう意味もあるわけで。

「おまえ、ほんと可愛いな」
「くっ…つくな離れろ暑苦しい!」
「愛してるぜ、イド」
「喧しい!!」
「いてぇ!」

また戻ってきた平穏な一時を使って、イドルフリートにももとに戻ってもらうことにした。

*

「…二人とも眠そうですね」
「喧しいのに一晩中取り付かれてな…」
「可愛いのと戯れてたら時間過ぎるの忘れ痛ぇ!!」

いちゃつくのもほどほどに。


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