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「おはようエーレンベルク、どう?コルテスの具合」
「あー安定はしているが、まだまだだな」
「そうか・・・早く目さめるといいな!」
「ありがとう、彼にも伝えておくよ」
学校で、こんなやりとりをして。笑顔で、コルテスへの伝言を預かり。
とある休み時間なんかには、テストの結果をみんなで見つつ。
「くっそまたエーレンベルクがトップかよ!」
「王子もいるぞ」
「僕だって勉強がんばってるからね」
「王子はいいんだよ別に。エーレンベルクおまえ頑張りすぎだろ」
「別にそんなことはないが・・・」
あいつが目覚めたときに、しっかり教えてやらないといけないからな。私がしっかり勉強しておかないとなんだ。
さらりと言ってのけたイドルフリートを見て、クラスメイトも王子も驚く。ほんと、どこまでも献身的だよな、お前。そんなことを言われつつ、学校が終わると。
「こんにちは、エーレンベルクさん。今日もコルテスさんの看病ですか?」
「はい。また泊まらせてもらいます」
「いいですよ。特別です」
「ありがとうございます」
病院の、コルテスの病室まで一直線。ちょうど夕陽色に染まった個室に入り、荷物をおろし。そっと彼のそばに腰かけ。
「あのな、コルテス」
「今日は、この間のテストの結果が出たよ。数学と化学で王子に勝ったんだ、すごいだろう?」
「それと、メルがまた転んでけがをしたんだ。メルツもエリザも慌てていた。彼のどじっぷりはきっと、ずっとあのままだな」
「ああ、今日は夕陽が綺麗だな。ほら、こんなにきれいな橙色だ」
点滴につながれた手を取り。そっと握って、優しくやさしく語りかける。今日あったこと、感じたこと、思ったこと。
とても笑える話から、なんでもない天気の話から、真剣な話から。 閉じられた瞳を見つめ、あとからあとから溢れる気持ちを、言葉にして伝える。
「今日、クラスのやつらに、君のことを聞かれたよ。早く、目をさませとさ」
君、クラスでの影響力高いんだから、あまり長い間居ないと皆落ち着かないんだぞ。
そこまで言ったところで、唐突に言葉につまる。 まだまだ言いたいことはたくさんあるはずなのに、それが全然でてこない。
代わりに出てきたのは。
「エルナン」
出てきたのは、大好きでだいすきな、愛する彼の、けれどめったに呼ばない、名前。
けれど。
ぽろりとこぼれたその名前の、あまりの掠れ具合に、自分で驚いた。ほとんど聞き取れないようなその声のせいか、それがとてもとても、空虚なものに感じられて。
「コルテス」
もう一度。今度はちゃんと、普段の呼び名で。その空虚さを打ち消そうと、しっかりしっかり呼ぶ。自分の声で、夢から出てきてはくれないかと、淡い期待をかけて。
けれど当然。そんなことは、もう何度もやっていて。 その眼が、開くことなんてなくて。
「・・っ」
何度もなんども、たった一人。静かな部屋で、彼の名を響かせた。
*
「なぁ、エーレンベルク。そういやおまえ、アレもらった?」
「あれ?」
数日後。学校で、コルテスと同じクラスの生徒に廊下で呼び止められ。何のことだか分からずイドルフリートが聞き返す。
「なんだい、あれって。最近もらい物をした記憶はないが・・・」
「え、まだもらってなかったんだ」
「あーアレだよ、たぶん渡す前にああなったから・・・」
「? 君達、一体なんの話を、」
訳が分からなくて首をかしげたイドルフリートに、話しかけてきた生徒が揃って気まずそうに言う。
コルテスからの、誕生日プレゼントだ、と。
「たん、じょうび」
「エーレンベルクってさ、コルテスが事故った日の次の日、誕生日だっただろ?」
「あいつさ、イドにとびきりのプレゼントしてやるんだーって言って、準備すげぇはりきってたんだぜ」
「わたし、に」
「何かは詳しくは聞かなかったけど・・・多分、早く帰ってたのとかも、全部それじゃねぇ?」
「毎日まいにち、顔がにやけてたもんなぁあの野郎」
途中から、声がぐわんぐわんと鐘のように響いてしまい、うまく聞き取れなくなった。
わたしへの、誕生日プレゼント。コルテスが、用意、していた。
「だから俺らてっきり、それで浮かれて事故ったんだと・・・エーレンベルク?」
じゃあ、私は、何も知らず。勝手に、疑って。
「え、ちょっエーレンベルク!?」
「おい誰か!!」
くらりと世界が反転した。
*
目が覚めると、目の前には王子の顔が。その傍にはメルヒェンの顔もあった。イドルフリートが目が覚めたのに気付いて、メルヒェンが慌てて先生を呼んでいる。
「イド!!倒れたって・・・大丈夫!?」
「やっぱり無理しすぎなんじゃ・・・」
「あ、いや・・だいじょう、ぶ」
もそりと起き上がると、ぐいぐいと布団に戻される。その横でメルヒェンが、心配そうにしながらも状況を教えてくれた。
「イド、廊下でいきなり倒れたんだよ。話をしてた最中に。相手、すごく驚いてた」
「あ・・・」
「俺らがあんなこと言ったからだ、ごめん、って言ってたんだけど・・・イド、何か言われたの?」
「何!?イド、何を言われたの!?」
「ちょ、王子落ち着け。別に、何も言われて、な」
『イドにとびきりのプレゼントしてやるんだーって』
思い出して、思わず涙が溢れそうになり、慌てて毛布に顔を押し付ける。言葉に詰まったイドルフリートを見て、やっぱり何かあったのではと焦る王子を、くぐもった声で止める。
「ほんとに、何もないから」
「・・・本当に?だってイド、泣きそうだよ?」
「なんでもない」
一生懸命に気持ちを抑え込んで、涙腺にふたをする。ここで泣いては、だめだから。
顔を上げると、ひどい顔をしているから今日はもう帰った方がいいと言われた。まとめられた荷物がそばにあったのを見ると、最初から帰す気だったのだろう。
学校を出たイドルフリートは、その足で病院へ向かった。
「・・・コルテス」
平日の昼間だからか、いつもより静かに感じる病院の、そのまた静かな病室で。相変わらず眠ったままのコルテスに、静かに問いかける。
「君、私にプレゼントを用意していたって、本当かい?」
そろりと。ちいさく手に触れ、震えそうになる声を気力で支える。
「初めて知ったぞ。まさか、そんなイベントがあったなんて。浮かれていた理由、それだったのか。秘密だなんて、人が悪いぞ」
「・・・ちゃんと、受け取りたかったのに」
顔を見るのがこわくなって俯いた、そのとき。
ぴくり。
僅かに動いた指先に、全力で意識を向ける。まさか、ようやく目が覚めたのでは。ナースコールを押さんばかりの勢いで顔を窺うけれど、そこには、まだ寝たままのコルテスしかいなかった。多分、目が覚めたとかの類ではないのだろう。
「・・・っ!」
思わず唇を噛みしめる。
今みたいに、コルテスの、ほんの小さなしぐさにも反応していれば。どんな小さな変化でも、ちゃんとまっすぐに見ていれば。
あるいは、態度が変わったその理由にだって、怒らないで、済んだかもしれないのに。
願うことなら、時間を戻してほしかった。二人分の鼓動しか響かない部屋で、涙の流れない嗚咽が、響いていた。
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