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夕暮れ時。静かな病室で、愛しい彼の手を優しく握りながら。
ふと、こんな風になったあの時も、こんな綺麗な光がさしてたな、と。
部屋に入ってくる夕陽を見ながらぼんやり思った。
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「おい待てよイド!」
「うるさいもうついてこないでくれ!!」
周りがいつもあきれ果てるくらいにべたべたに甘えあっている二人の、それはそれは珍しい喧嘩の風景がそこにはあった。
「俺別に何もしてねぇよ!?冷たくしてた覚えもねえ!」
「誰もそんなこと言ってない!!なんだその言いぐさは、まるで私が寂しがってでもいる様じゃないか!!」
「間違ってねぇだろ!素直じゃねえなほんとに!!」
「悪かったな素直じゃなくて!!」
「だからなんでそうひねくれて解釈するんだてめぇは!」
「煩い!!」
こんなことになったきっかけは、イドルフリートが、最近のコルテスの行動にほんの小さな疑問を持ったことにあった。
別段普段と変わらないように見えるコルテスだけれど、ここ一週間ほど、イドルフリートに対する態度がそっけなかったのだ。
他人から見たらいつもと変わらずべたべたしている、とても仲のいいカップルに見えるかもしれないけれど、近くにいるからこそわかったそのわずかな変化は、イドルフリートの心を暗くした。
「どうして態度が違うんだろう」「もっと話したいのに」「もっと一緒にいたいのに」。
学校が終わればすぐに帰ってしまい、一緒に帰ろうと言っても悪い用事があるから。そういって帰ってしまうこともある。一緒に帰っても、どこかそわそわしていて、話をしても上の空。
だから、イドルフリートの疑問が、不満が、爆発したのだ。帰り道に家路を急ぐコルテスを捕まえて、最近何か隠していないか、そう聞いたら「何も」。そう答えられたことで、爆発した。
「もういい!そうやって隠すのであれば、私だってもう構わない!君が何をしようと君の勝手だったな、すまない、忘れてくれ!」
「だからなんだよその言いぐさは!俺は別に何もしてねぇって言ってんだろ!?」
「何もしていない奴がそんなそわそわ落ち着かないのか!?随分と迷惑だな!!」
「んだよそれ!ふざけんなよ!?」
普段とても仲がいい2人だから、話が波に乗ると止まらなくなる。
例えそれが、悪い話でも。
そして。
「――っもういい!私は先に帰る!!」
「ちょ、おい待てよイド!!」
耐えきれなくなったイドルフリートが走り出した。
後を追ってくる気配があるけれど、そんなの振り払ってやろうとひたすら前だけ見つめて走る。
走った、結果。
周りの注意を、怠った、結果。
道を曲がったところで、こちらに突っ込んできたトラックに、気付けなかった。
目の前いっぱいに広がる車体に、全ての音が景色が、持って行かれる。
「 ッイド!!!」
あ、死んだ。そう思った次の瞬間、体が地面に衝突する感覚に驚いたら。自分は道の反対側に転がっていて。
直後、後ろで何かが何かに当たった、ひどい音がした。 周りにいた通行人たちが、金切り声をあげる。
「き、救急車!!救急車を呼んで!!!」
怖くて後ろを振り向けなくて。かたかたと震えていたら、遠く後ろから、聞きなれた声がした。
「こ・・・コルテス!!?」
友人の声にびくりとして、恐るおそる振り返ったイドルフリートの目に広がった光景は。
正面が凹んだまま、ブレーキ痕を残して塀に突き刺さったトラックと。
赤の海に沈んだまま、ピクリとも動かない。
コルテスの姿だった。
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