「破綻の上の破綻」※
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かたかたと恐怖と苦痛に震える肩が、とてもとても可愛らしかった。部屋の隅に踞り、なにも見ない聴かないようにと腕に埋めてある頭を、きらきらと光る金髪を取っ手にして掴み上げる。
「…っ!」
「また逃げたのか」
無理やり顔をあわせれば、怯えきった瞳と視線がぶつかる。泣きはらした目は開けるのも辛そうで。胃液のせいでがさがさになった唇をつっとなぞる。
「また皆の前で吐いたのかよ」
「っごめ、なさ…っ」
「謝るくらいなら死ぬ気で耐えろよ」
「っ!!」
離した手のかわりに、肺めがけて足を降り下ろす。そのまま体重をかけると、壁と足に挟まれたイドルフリートの口からけふりと息が漏れる。
ぎしぎしときしむ骨の音を聴きながら、苦しそうに歪むイドルフリートの顔をみて「可愛い」と感じる自分に、どこかで吐き気を覚えた。
心配そうな顔をした部下に部屋の戸を叩かれ、イドルフリートがおかしいと告げられたのが数分前。なんでも、皆との食事に誘ったところ、ほとんど食べずに端の方で小さくなっていて、挙げ句吐いたという始末。しかも驚いて声をかけてきた仲間を振り切って部屋に駆け込んだというのだから相当だ。
「飯が食えねぇのも他のやつらが怖いのも、ただのいいわけにしか過ぎねぇだろうが。誘われたときくらい繕えよ」
「…っ、で…もっかはッ!」
「文句があるのか」
足で肺を潰したまま、イドルフリートの耳元に口を寄せ、教えてあげる。「みんな、おまえのこと"おかしい"って言ってたぜ?」。
びくりと跳ね上がる肩を掴み、机のしたまで引き摺っていく。ものを食べられなくなって、イドルフリートの体は信じられないくらいに軽くなった。
ひとまずイドルフリートを床に落とし、見上げてくる視線を無視して机の上のものを持ち上げる。あったのは、先ほどここに来る前に部下が持ってきてくれた、イドルフリートのための食事。
それを。
「っ!!?」
ガシャンと。イドルフリートの頭上で逆さまにする。スープやパンや。トレイの上のものが、イドルフリートの頭や肩のうえでバウンドして床に広がる。
「っコ、ル…テスっ?」
「食えよ」
「っあぅ!!」
床めがけて頭を踏みつける。ぐちゃりと汚ならしい音がして、さすがにイドルフリートが反抗を見せる。力なんて、これっぽっちも入っていないわけだけれど。
ただでさえ綺麗好きで。飯が喉を通らず、通ってもすぐに吐くような状態で。しかも今は具合も悪いらしくて。そんな状態での、この状況。
「ほら、どうした?せっかく皆が用意してくれた飯だぜ?」
「っ、や…ッ嫌、だ……ぐ!」
「うるせえな」
面倒くさいのでぐりぐりと顔を押し付ける。そんなに涙をこぼしたら、スープと混ざって不味くなるだろうに。
それでも。震えすぎて舌を噛みながらも、ちろりと床にぶちまけた飯を舐める姿をみて、思わず笑いをこぼす。直後吐いたのをみて、ほんとによく吐く奴だな、と。他人事のように思いつつ蹴り飛ばした。
「ゔ、えっ…げえ…ッ、げほっぐ、…!」
「きたねえ」
「…っ」
こんなことばかりいっているから、他の人間の顔も見れないようなことになるのかな。ぼんやりと思いながらも、口からはイドルフリートを罵る言葉しか出てこない。
皆の前に立てなくなって、話をするのもやっとになって、それもできなくなって。いつしかほとんど部屋にこもりきりになってしまったイドルフリートに、それでも部下たちはみんな、温かく接しているというのに。
自分と言えば、傷をさらに深くふかく、抉ることしかしていない。
気付くとイドルフリートは気を失っていて。
もう、限界かな。そんなことを呟きながら、くしゃりと頭を撫で、コルテスは部屋を出ていった。
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