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 After 「小さな約束」



*

てくてくと。とある小さな村で、寄り添うようにして歩く、二つの人影。ふるりふるりと長い金髪を揺らしながら、隣を歩く背の高い黒髪にあれこれ質問する、小さな細い人影。

「なぁコルテス、あれはなんだ」
「あーどれだ?」
「あの、人がたくさん集まっている…」
「ありゃ店だよ。…って、店も知らねぇのか!?」
「絵本で読んだことはあるが、実物を見たのははじめてだ。あれが…!」

ぱあぁっと輝いた瞳をみて、くすりと笑いながらコルテスが行ってみるか、と聞くけれど。それはいい、と即答される。

「え、何でだよ。はじめてなんだろ?」
「一ヶ所を集中的に見るより、他の場所をたくさん見たい」
「合理的だな…」

イドの答えに苦笑しながら、手をひいて他のもののある通りへ連れていく。
イドのいた研究所を破壊してからまだ数日。身体のキズは服で隠しているとはいえ、顔に巻かれた包帯は痛々しいし、顔色だって良いとはいえない。あまり外にだしてはいけない状態なのだから、できることなら短時間で、できるだけたくさんの望みを叶えてやりたい。

生まれてから今までの一生を研究所で過ごしてきたイドは、外の世界のことを本当になにも知らなかった。先程の店のこともしかり、売っている商品ですら、イドにとっては目新しいものばかり。いちいち反応しては目を輝かせるイドを、コルテスは内心複雑な気持ちで見ていた。

「なぁ、コルテス」
「ん?」
「"うみ"が見たいのだが!!」
「海ぃ?」

そんなとき。突然のイドの申し出に、コルテスが若干困る。海って。

「おま、こっから海行くのって、相当かかるぞ。お前の身体じゃ無理だって」
「そんなの構わないし我慢する!」
「よくねぇ!!」

他に行ける場所ならどこにでも連れていくから、そこは勘弁。そういってなだめようとしても、何故だかイドは、海にいきたいといってきかなくて。

困ったコルテスは、代わりにとある場所へ連れていった。

*

「わぁあ…っ!!」
「どうだ?海には遠く及ばねぇけど、まずまずだろ」
「ああ…!ありがとう、コルテス!!」

連れてきたのは、目の前に湖の広がる小さな丘。海ほど雄大ではないけれど、晴れていた上に黄昏時だったこともあり、夕日が当たる湖はとても幻想的で美しかった。

「ずっと、ずっと見たかったんだ…!ありがとう、ありがとうコルテス!!」
「かまわねぇさ。お前の具合が良くなったら、改めて海にも連れていってやるよ」
「本当かい!?」

何度もなんどもありがとう、と嬉しそうに繰り返すイドをみて、少々不思議になる。

「なぁイド、おまえ、海なんて何で知ったんだ?あんな山のなかで」
「ん?人に聞いたんだよ」

連れてこられた被験者のなかに、海にいったことのある奴がいてな。彼らの話を、よくきいていたんだ。なんでもないようなその言葉をきいて、コルテスは改めて自分のしたことの重さを感じた。

「…そっか」
「ん?どうしたコルテス?」
「いや…なんていうか。…うん、何でもない」
「変なやつだな…まぁ、もしあの事を後悔しているのならやめたまえ、無駄だから」
「無駄って」
「あれで救われなかったのは研究員だけだ。私たちはみんな救われた。だから後悔なんて、するだけ無駄さ」

さらりと、でもはっきりと言われたその言葉に、ほんの少し救われる。あの日から、本当にあれでよかったのかと、ずっと自分を責めていたから。

「…ありがと、イド」
「?なぜ君が礼をいうんだ」
「言いたい気分なんだよ、気にすんな」
「つくづく変なやつだな」
「うるせぇ」

無駄口を叩きつつ、湖に目を戻すと、ちょうど沈む夕日が水面にうつったところだった。そのあまりの美しさに、二人揃ってしばし言葉をなくす。

「…!」
「きれい、だな…!」
「ああ…」
「イド」

夕日に負けんばかりに光る目を、こちらに向ける。見上げてくる1つだけの碧色に、自分の姿を映しつつ。
また、来ような、と。

「いつになるか分からないけどさ。もちろん海も連れてくけど。また、二人で此処に来ようぜ」

それは、本当にいつになるか分からない約束。守られるのかすら分からない、約束。けれど。

「ああ、約束だ」

イドも、力強く頷く。
この幸せを、また味わおう。夕日が沈んで、暗くなってきた丘の上で、結ばれた小さな約束。

その後、その場所で、揺れる金髪と背の高い黒髪が、目撃されたとか、されてないとか。

*


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