テキスト | ナノ
 


 7



*

「へぇ・・・こんなくそ来にくい場所に建ってたんだな、此処」
「なんだ、来たことなかったのか」
「当たり前だろ。おれが封印されたときは、こんなの建ってねぇし」
「あ、そうか」

他愛もない話をしながら。夜に紛れて歩き、たどり着いたのはあの図書館。このお話の、全ての始まりのばしょ。
唯でさえ古く壊れかけているのに、今が夜なせいもあってか。いままでになく不気味かつ不吉な感じのそこに、二人は入っていく。
一か月前と何も変わらないそこ。埃っぽくて、歩くと床がきしんで、上ると踏み外してしまいそうな階段を上り、イドルフリートが開いた本のところまで行く。
の、途中。

「なあ、コルテス」
「あ?」
「君、サタン・・だったか。何をしたんだい?」
「何って?」
「サタンといえば魔王だろう?魔王に殺されるくらい憎まれるなど、君は一体なにをしたんだ」
「あー・・・」

数あるぼろい本棚の間を潜り抜けながら、コルテスが記憶の糸を辿る。 なにしたんだっけ。

「確か・・・俺、カミサマを裏切って、悪魔の位置にきたんだけどさ」
「そこからすごい話だな・・・」
「そんときに、サタンの野郎と、ちょっと口げんかしたんだよ。俺はいわゆる堕天使?とか言うやつだから、お前なんて信用できねぇとか言われてさ」
「はぁ」
「んで、しかもそのあとこの世界初めて来たときに、一応あいつは俺の上司だから、真っ先におれの行動を止めようとしたわけだけど、まぁやめなかったから。そこでものっすごく深い溝ができてさ」
「・・・」
「んで、俺が封印されるってなった時には騒がれたらしいな。俺なんか、生かしとかないで殺すべきだってさ」
「はー・・・そんな重苦しい話を、よくそんなさらりと言えるな」
「昔の話だからなー」
「嫌われてるのは今もだろう」
「そうだった」

なんてことをしゃべっていたら。ぴたりとイドルフリートが立ち止まる。コルテスも続いて止まると、イドルフリートは山のようにある本の中から一冊、特に古く、あちこちが崩れた本を取り出した。

「これか」
「ああ。この本が確か、私がここで開いた本の中では、最後だった気がする」

どうだ?と聞かれ、コルテスが本を覗き込む。瞬間うええっと顔をしかめたコルテスをイドルフリートが慌てて心配すると。

「あの野郎の気配がものすごくするから、アタリだ・・・うえ。イドじゃなくて俺がぶっ壊してやりてぇ・・・」

正解の様子。

「仮にも上司だろうに、よくそこまで言えたもんだな・・・」
「嫌いなんだからいいだろ。てことで、イド」

名前と、契約条件を言え。
コルテスが、一番初めの時のように指で円やら何やらを描きつつ、イドルフリートに向き直る。
そのしぐさになんとなく心臓を抑えつつ、コルテスの言葉を反芻する。確かその言葉は、一番初めに契約をしたときのもの。

「・・・イドルフリート・エーレンベルク。契約条件は・・・私の命令には、必ず従うこと」
「ほんっとに、いつも思うけど最低だぞその条件」
「なんだいきなり。君みたいな荒くれ者を手なづけるためにはその位の条件が必要だろう!」
「荒くれ者とか手なづけるとか言うなよ貴様!!」
「誰だ出会い頭に心臓絞めつけてきた乱暴者は!しかもその後襲われかけたのだって私は忘れてないぞ!!」
「あああああそうだよ貴様の事絶対犯すって決めてたのに犯してねぇ!」
「残念そうに言うなこの低能!!」
「あははっ!」

こんなときにまで喧嘩かよ。腹を抱えて笑いながら、コルテスが小さく何かを唱える。そして。

「俺、エルナン・コルテスは、イドルフリート・エーレンベルクとの契約を、永久に破棄する」
「・・・っ!!」

パリンっと。何かが小さく割れた音がして、一瞬目をつむる。次に目を開いたとき、イドルフリートの目に映ったのは晴れやかな顔のコルテスで。

「これで、契約破棄だ。もう俺がどうなろうと、お前にはなんの干渉もないし、お前は俺に命令もできない」

晴れやかだけど、ほんの少し。月明りのせいもあるのか、ほんの少しだけ寂しそうなコルテスの顔を見て、何か言わなきゃ。そう咄嗟に思ったイドルフリートは、真っ先に出てきた言葉を言ってみた。

「じゃあ、もう二度と君に心臓潰される心配もないんだな!」
「おまえ契約破棄されて真っ先に言うことがそれか!!今だってできるぞあの術契約関係ねぇし!?」
「なっ!絶対やるなよあれは本当にやるなよ」
「嫌だよお前あれやるとほんと反応おもしれーんだもん」

どうしてこう、話すと必ず痴話げんかのようなものに発展するんだろう。そう思いながら。
怒ったり笑ったりするコルテスに、やっぱり見ていて安心を覚えて。安心したら、言わないでおこうと思った言葉までこぼれた。

「私も、好きだよ」

半笑いのまま、顔が固まってしまったコルテスを見て、咄嗟にしまったと思った。こんなことを言ったら、コルテスのせっかくの決意が、弱まるかもしれない。
けれど、言ってしまったものは言ってしまったもの。自分のなかで納得させて、コルテスの顔を見ないまま本を自分の方へ引き寄せる。

「い、イド」
「ほら、この本、壊すんだろう?やり方を教えたまえよ」

どこか固くなったイドルフリートの声に、コルテスも今自分たちがやるべきことを思い出したのか、ぐっと唇をかみしめる。
そのまま、おもむろに自分の首から下げていた首飾りを外し、イドルフリートに渡す。先の鋭いパーツの連なったその首飾りを受け取り、不思議そうな顔をするイドルフリートに説明する。

「それ、俺の魔力を溜めてあるもんなんだ。それを思い切りその本に突き立てれば、本が溜めてある力に耐えられなくなって壊れる」
「・・・君は、どうなる?」
「俺か?俺は、本が崩れれば一緒に消えるよ」

ほら、早く。こともなげに言うコルテスに従い、床に置いた本の前に座り、首飾りを握りしめる。
此処に、来た時から。来ると決めた時から、覚悟はしていたけれど。していた、けれど。

「・・・イド?」
「――っ」

それでもやっぱり、かたかたと震えだした腕を見て、コルテスが、珍しく、優しくイドルフリートの頭に手をのせてきた。

「なぁに躊躇ってんだよ」
「・・・っためらって、なんか」
「おまえな・・・お前がやらなかったら、俺らみんな死ぬんだぞ」
「だったら!やっぱり私が死ねば・・・っ」
「それ以上言ったらその口縫うぞ」

怒気をはらんだその言葉に、ぐっと吐き出しかけていた言葉を飲み込む。それをみて、コルテスがため息をつく。

「おまえさ。たかだか一か月一緒に過ごしただけのやつに、そこまで気持ちかけなくていいだろ」
「そんなの、君だって一緒だろう」
「俺はお前好きだもん」
「私だって好きだ!」
「んなこと言われても、とりあえずお前がそれやらなかったら、何にもなんねーし」

早く、そう急かされて、イドルフリートも覚悟を決める。
狙いを、定めて。

「―――っ!!」

振り下ろした瞬間。


「さようなら、イド。愛してるぜ、今も、昔も」


にやりと。得意顔で笑って言われて、本に突き刺さった首飾りを、危うく抜きそうになった。
それをさせまいとコルテスに突き飛ばされて、頭をぶつけて。目を閉じて、開いたら。

コルテスはいなかった。

「・・・」

最後まで、憎たらしい奴だな。さようならも、言わせてくれないのか。というか、言い逃げか。
喧嘩を売ろうにも、その相手がもういなかった。

「・・・さようなら。私だって、好きだったぞ、低能」

さらりと得意顔で言ってやるはずだった言葉は、さらりとも、得意顔ともかけ離れた、情けない声になってしまった。

*

数千年前。封印を脅しに、国を滅ぼすことをやめるように言われたコルテスが、それでもその行為をやめなかったのは。
いつも隣にいてくれた彼が、どの国かも分からない、どこかの人間達に、奪われたから。
本気でキレた彼は、赦さないといって、本気ですべての人類を敵に回すことにしたのだ。

あの夢の中で、カミサマが教えてくれた、コルテスも思い出したかどうか分からない、昔、むかしのお話。

どの文献にも載っていない。この世で唯一人だけが、胸に秘める、とある歴史の小さな秘密。


「私が死んだとき、向こうで君に会えると良いな」

あ、元々向こうにいるはずのものが死んだんだとしたら、その魂はいったいどこにいくんだろう。つぶやいた後で、そんなことを考えながら、取り壊しの決定した図書館を、一人で見上げる者がいた。


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