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「おいコルテス、何がどうなっているんだ!説明したまえ!」
あの後。ぐいぐいと腕を引かれ、結局そのまま部屋まで戻ってきてしまった。不機嫌極まりない顔のまま手当を再開させようとしたコルテスに、イドルフリートが問い詰める。
「あの遺跡は一番安全で、崩れる可能性はほぼ皆無なものだったんだ。それが崩れたなんておかしい」
「だからなんだよ。俺が知るわけねーだろ」
「君が何か言った直後に崩れた」
「俺がやったとでも言いたいのか!?」
「落ち着きたまえよ」
怒って起ちあがったコルテスを諌め、イドルフリートが冷静に言う。君、崩れた遺跡に向かって何か言っていたな。
「そして今も、とても怒っている。まるで、アレを崩した"何か”に対してキレているみたいだ」
「・・・」
「教えてくれ。一体、何があったんだ」
あまりにも真摯な目を向けられて、コルテスは目をそらすけれど、やがて根負けしたようにすとんと再度腰を下ろす。
そしてそのまま、観念したようにぽつりと言った。「カミサマが、あんたを、殺せってさ」。
ぴたり。イドルフリートの動きが止まったのを傍目に、そのまま一気にたまっていたものを吐き出す。
「昨日夢を見たんだ。俺は昔、国一個滅ぼしたせいで封印されたんだって言ったよな。そのときの夢を見た直後、夢の中に、俺を封印しやがったやつが出てきて、あんたを殺せって言ってきたんだ」
「ちょ・・・っなんで」
「あんたは、俺が昔此処へ降りてきたとき、最初から最後までずっと俺の傍にいた人間の、まぁ多分・・・生まれ変わり、ってやつなんだろうな。俺とあんたが一緒にいたら、またこの世は滅びるんだとさ」
「ふ・・ふざけるな!君ならともかく、私は世界を滅ぼそうなんて思っていないぞ!?」
「俺だって思ってねぇよ!!ただあいつらが勝手にそう決めつけてるだけだ!」
驚いて声も出ないイドルフリートの額に包帯を巻き終え、コルテスが疲れたように言う。
「さっきのはたぶん、俺があんたを『殺せない』ってつぶやいたから、気のはえぇ誰かが勝手に仕掛けてきたんだ。別に今すぐにはってだけで、殺さないなんて言ってねぇのにな」
「ちょっとまて。殺す気満々なんだなっていうのはまぁ君らしいから置いておくが、なんだ殺せないって。君らしくもない」
「俺だってびっくりだよ。貴様みたいな人間一人、俺に殺せねえわけねえだろ」
「現に殺してないじゃないか」
「貴様は俺の玩具なんだ!せっかく手に入れた玩具をそう簡単に手放す奴がいるかよ!」
「契約主に向かって玩具とはなんだ玩具とは!」
「違いねぇだろちょくちょく遊ばれてんだから!!」
と。
ここまで言って、急にコルテスが俯いた。突然どうしたとイドルフリートが声をかけようとすると、俯いたコルテスから、蚊の鳴くような声が聴こえてきて。
「・・・こんな風に、しゃべったやつは、本当に、おまえしか、いねぇから」
「・・・は?」
その声の、あまりの弱々しさにイドルフリートが固まった隙に。がたりと立ち上がったコルテスが、飛ぶように・・・というか文字通り飛んで、違う部屋に行き。ぱたりと籠ってしまった。
そのまま、夜になっても彼は出てこなかった。
*
『まだ殺せてないんですか?意外ですね』
その夜。部屋に籠って蹲り、どうやらそのまま寝てしまったらしいコルテスは、また夢を見た。
『あんなにも自分中心で物事を考えていた貴方が、珍しいことですね。何故そこまで彼に執着するのです?』
「うるせえ。別に殺せねえなんて言ってねぇだろ」
心底不思議そうな声が癇に障る。ただしこのカミサマ、実はそうとう頭が切れるので、たぶんコルテスがイドルフリートを殺せない理由を、もしかしたらコルテスよりも、理解している。
自分でもどうしてここまで殺す気になれないのかが正直分からないので、そう思うと聞こえてくる声が更に気に入らなくなる。
「とにかく。ちゃんと殺すから、気長に待ってろって。てめぇ一応カミサマだろ。その位もできねぇのかよ」
『できませんよ』
はい?予想外な答えにぽかんとしてしまったコルテスに、声があらやだ、という感じに言ってくる。
『最低でも、貴方が今いる世界で数えて3日。3日間のうちに、彼を殺してください。そうしなければ、そうですね・・・たぶん手遅れなので、世界が滅びます』
「ちょ・・っと待て!なんだよ3日って!でもって手遅れって・・っ」
『貴方の上司・・・向こうはこういわれることを嫌がっているようですが。彼が怒りだしたんですよ』
こともなげに言われた『あなたの上司』が怒りだしたという事実。それは、とてもとても、恐ろしい事。
コルテスの階級は悪魔。一応天使だったこともないことはないけれど、此処にくるよりさらに昔にカミサマに喧嘩を売った時にその称号は捨ててしまった。というわけで、今のコルテスの上にいるのは。
「え・・・ちょとまて。なんでサタンの野郎が怒るんだよ。あいつもう俺が封印されちゃったんだから構わねえはずだろ!?」
『封印されちゃったって・・・だって貴方、封印解けてるじゃないですか。彼は貴方が封印されることにだって猛反対だったんですよ?あんなのは殺すべきだって』
「だからって」
『それが、納得のいかない封印で済まされた上に、今になってその封印ですら解けてしまったのですから。怒るのも当然でしょう』
彼、あんな奴が興味のある場所なんざろくな場所じゃないって言って、この世界すら滅ぼそうとしてるんですよ。そう言われて、唇をかみしめることしかできない。
まさか、そこまで怒っていたなんて、思わないから。
本当に八方ふさがりになったコルテスに、ため息をつきながら(そんな音を立てながら。)声が言う。
『だから、私が出てきたんです。私は別段、貴方に死んでほしいとは思っていませんから』
「・・・」
『3日と言ったでしょう?先ほどはああ言いましたが、あれは私が設けたリミットです。貴方の上司はもうすぐにでも貴方ごと世界を滅ぼしたいと言っていますから』
「・・・」
『彼には3日間待ってもらうように言いました。その間に貴方はイドルフリートを殺してください。それができれば貴方と世界はこの先無事。できなければ、全てが滅びます』
分かりましたか?そう聞かれても、そう簡単に分かった、なんていえるはずもなく。
黙り込んでしまったコルテスに、声が、急に労わるような。哀れむような声にかわった。
『・・・まだ、気付いてないんですね』
「・・・は?」
『貴方。彼のことが、好きなんでしょう?大好きでだいすきで、だから殺したくないって、思っているんでしょう?』
「え、ちょっと。ちょっとまてよ。なんだその超飛躍した考えは」
『やっぱり気付いていませんでしたか・・・鈍さも、健在のようですね』
数千年前と、同じです。貴方は、あの人間に、2度とも、恋をしてしまっているのですよ。
呆然とするコルテスに、声は優しく説く。
『貴方は、依然も同じことを言われているんですよ?』
「は?」
『封印される前にも、同じことをしているんです。私はあの時も、一緒にいた、人間たちの裏切り者である彼を殺して、世界を滅ぼすことをやめれば、封印はしないといったんです』
『それなのに貴方、ちっとも聞き入れないものだから。だから封印されたんです。覚えていませんか?』
今度こそ本当に返事ができなくなってしまったコルテスを見て、ほんのわずか。声が、微笑んだ気配がした。
『まぁ・・・どうして貴方が、ちっとも私の声を聞き入れずに世界を滅ぼそうとしたのかは・・・自分で思い出してください』
そう言われてまた、夢が 終わった。
*
「おはよう。ようやく出てきたな」
次の朝。
気まずそうな様子で部屋から出てきたコルテスを迎えたのは。
赤くなった目をした、イドルフリートだった。
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