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*

『彼を、殺しなさい』。あの夢を見た日から、コルテスの頭の中ではずっと、その言葉だけがうず巻いていた。
自分が死ぬかあいつを殺すか。そりゃあ自分の命が一番だから、聞かれれば答えは一つだけれど。
それでも。

「お、今日は晴れみたいだな!ちょうど教授の手伝いで大学に行かなければならなかったんだ。タイミングがいい」
「・・・」
「だから申し訳ないが、私の仕事中は君には裏の手伝いをしてもらうことになるが・・・コルテス?」
「え、あ?なんだ?」
「・・・珍しいな。シカトされるのは何時ものことだが、ぼーっとしていて聞いてなかったっていうのは初めてじゃないか?」
「い、いやべつに。それよりなんだよ裏って!また面倒なのはごめんだぞ!」
「別に大変なことじゃないさ。力仕事がいるから、こっそり手伝ってほしいだけだ」
「またそうやって人をこき使う」
「人じゃないだろう」
「ごもっとも」

一言会話をしだしたら、どうやっても止まらない。ぺらぺらぺらぺら、どこからそんなに言葉が出てくるんだというくらい、後からあとから言葉が出てくる。
こういうのを指して、「楽しい」というのだろうか。ふと考え込んでしまったコルテスを、イドルフリートが不思議そうに覗き込む。

「・・・コルテス。君、何かあったか?」
「・・・。・・あ?え。いや何も」
「君がそんなにない脳振り絞って考え込むなんて、何かあったとし・・・っ」
「言葉には気をつけろって言ったよな」

分かったからやめろやめてくれ、そう締め付けられた声でお願いされて、術を解く。胸を押さえて息をつきながら、いちいちこれをやられると本当に心臓が持たないとかなんとか。
イドルフリートが騒ぐのを煩いと一喝し、コルテスは席を立った。

「・・・本当に何なんだあいつ」

いつもとかなり様子の違うコルテスを不思議に思いつつ、イドルフリートは今日の仕事の内容の確認に入った。

*

簡単に言うと。イドルフリートの”仕事”というのは、自分が大学院生として通っている学園の、教授の手伝い。
航海学が専攻だけれど、考古学にも興味があるイドルフリートは、教授に頼んで遺跡の発掘などの手伝いをさせてもらっているのだ。

「ではエーレンベルク君、今日も、よろしく頼むよ」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

今日は、すでに発掘されている小さな神殿や社の並ぶ遺跡の調査だった。まだまだ情報が足りないから、とにかくできる限りの調査をしようとのこと。
イドルフリートも、コルテスに持ってもらった資料などをもとに、調査を開始する。

「こんな昔の石ころ見て、何が楽しいんだか」
「石ころとはなんだ。これだってれっきとした神殿だぞ。神の祀られていたとする場所だ」
「カミサマなんぞくそくらえだな」
「君は私に言葉に気をつけろという前に自分が気をつけたまえよ」

いくら尻尾と羽を隠してもらっているとはいえ、つつけばすぐに出てくるような適当な隠し方だから、危なっかしくて仕方ない。
目を離すまいとずっと傍に置いているのだけれど。今日はやたらと機嫌が悪く、さっきからずっとぶつぶつと文句を言っている。
さすがにうるさいので。

「コルテス!何があったかは知らないが、頼むからもう少し黙っていてくれないか!?」
「うるっせぇな!何言おうが俺の勝手だろ!」
「気が散るし皆の迷惑だし共に行動している以上勝手は言わせないぞ!お願いしているんだから聞き入れてくれてもいいだろう!!」
「るっせぇな殺すぞ!!」

と。いつも通りの口げんかになってしまったと。イドルフリートは思ったが、思ったところで異変に気付く。

「・・・コルテス?」

いつもならもっと言い返すはずのコルテスが、急に青い顔をして黙り込んでしまったのだ。おそらく、「殺す」というワードを言ったあたりから。

「コルテス、どうした?」
「え・・・いや、なんでもない」

そのままそっぽを向いてしまう。訳が分からないけれど、イドルフリートとてこのままずっとおしゃべりをしているわけにもいかないので、調査に戻った。
戻った時、ぽつり。

「・・・殺せねぇよ」
「は?」

良く聴こえなくて、何を言ったのかを問おうとしたとき。

「う、わ!!?」

ガラガラと。ごつい岩が、何十にも重なってできていたはずの、目の前の社が。イドルフリートに向かって崩れ落ちてきた。
ガラガラガラと、ゴツンゴトンと。ぶつかり合い、割れ合いながら、破片も何もかもが全て、イドルフリートめがけて落ちてくる。

「っイド!!」

驚きに足がすくんで動けなくなってしまったイドルフリートを、コルテスが慌てて引っ張る。ほんの一瞬の後、イドルフリートのいた場所が大量の岩石で埋まったのを見て、二人そろって言葉をなくす。

「おい!大丈夫か!?」
「何があった!!」

他の場所で調査をしていた研究員たちが、音を聞いて慌てて駆けつける。へたり込んでしまったイドルフリートと、すぐ近くで山になっている社の残骸を見て、皆が驚愕に目を見開く。

「お、おい、一体ぜんたい何があったんだ!?何故こんなことが」
「それよりエーレンベルク、おまえ怪我してるじゃないか!!」

一人が、イドルフリートの額から流れている血をみて駆け寄る。手当をされながら、ふとコルテスに礼を言っていなかったことに気付いてイドルフリートがコルテスを見ると。

「・・・ふざっけんなよ」

コルテスは、見たこともないくらい怖い顔をして、瓦礫の山と化した社を睨みつけていて。

「コルテス?」
「帰るぞイド。これ以上此処にいたら危ない」
「は?」

手当てが終わったばかりのイドルフリートの手を強く引き、コルテスがわき目もふらずにその場を後にしようとする。
あわててすみません、失礼しますとだけ言ったイドルフリートの背後で、研究員たちの不思議そうな声が聴こえた。

「しかし・・・これ、一番崩れそうになかったやつだよな?」
「一応そういう調査だけは最初にしてあるからな・・・なんで崩れたんだ・・・?」

その言葉が二人の耳に届いたとき、コルテスの、イドルフリートの手を握る力が、僅かに強まった気がした。

*

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