「君の声」
*
「なぁコルテス」
陽のひかりを跳ね返しながら静かに凪ぐ波を見つめながら、イドがぽつりと声掛ける。
「私が死んだら、どうする?」
「あー…、…。 あぁ!!?」
がっばぁ。そんな効果音と共に、意識と体を起き上げる。
とんでもないセリフが聴こえた気がした。聴こえた方へ顔を向けると、あるのは静かに遠くを見つめるイドの顔。
「おいこらなにいってんだおまえ」
「いや、そんなに深い意味はないよ」
「意味もなく呟くには恐ろしすぎるぞそのセリフは!?」
ただなんとなくで自分が死んだらとか言われたらたまらない。
だいたいおまえはだな、ビビらされたお返しにと説教じみた言葉を吐き出し始めた口を片手で制し、イドがくつりと笑いながらコルテスの方を向く。
「いい、分かったから黙り給え」
「てめぇ物騒なこと吐いといて黙れはねえだろ」
「いいんだよ、聞きたかった声が聴けた」
「はぁ?」
訳がわからない感丸出しのコルテスの顔を眺めながら、イドが問いかける。「知っているかい?」。
「…何をだよ」
「人が、相手のことを忘れていく順番をさ」
「忘れる?おまえ、いきなり何言って
「ひとはな」
怪訝そうに聞き返すコルテスを遮って。
人は、声、顔、思い出の順に相手のことを忘れていくそうだよ。
あまり笑えるような話では内容に思うのに、なぜか楽しそうに、イドは言う。
「だから、もし私が死んだら君はまず、君を小馬鹿にしたように言葉を紡ぐ私の声を忘れ、次に君を眺める私の顔を忘れ、最後には此処でこうして二人で話していたというその思い出を、忘れるのさ」
怖いものだな、人間とは。そう言って視線を海に戻すイドに、コルテスが怪訝そうに…ではなく。むしろ心配するように、再度問いかける。
「イド…おまえ、何が言いたい?」
「なにって、だから
「なにがあった?何をそんな、怯えてんだ?」
イドの肩が震えた気がした。怯えている?なにを根拠に。そういって笑い飛ばそうとしても、コルテスには通じない。
「おまえ、何かあっただろ。明らかになんか怯えてるぞ」
「…」
「…イド。大丈夫だから」
こっちへおいで。努めて優しい声でそう言うと、珍しく素直に寄りかかってきた。
優しく抱きとめると、コルテスの肩に顔をうずめながら、何でもないんだ、と。ぽつりと呟く声が聴こえた。
「本当に、何もないんだ」
「…」
「ただ、ちょっと、不安になっただけだったんだ」
「不安?」
「…ふと、思ったんだ」
相変わらず顔をうずめたまま、くったりと。
ふっと、自分が死んだら、どうなるんだろう、そう思ったんだ。なんて、イドは言った。
「いつか君にも、忘れられてしまうのかなとか思ったら、さっきのことを思い出したんだ」
「イド…」
「今これだけ君のことを好きで、好かれていても、死んだら全て無になるのだろうかとか、考えたらほんの少しだけ怖くなったん、
だ、まで、言わせてもらえなかった。抱きしめるコルテスの力が強くて、逃げようと暴れても無駄に終わってしまう。
「っコ、コルテス!?貴様一体なにを
「だったら聞かせてやるよ」
「はぁ?!」
「声だっていくらでも聞かせてやるし、顔だってみればいい。ずっと一緒にいれば思い出なんていくらでも作れるよ」
「だからなに言って、
「忘れるのが怖いなら、忘れても忘れ切れねぇくらいストック作っとけばいいだろ?」
おまえ可愛すぎるよ、そういって離そうとしないコルテスの腕の中で、それでもなんとか離してもらおうとイドが暴れる。
静かに聴いていればなんてことはない、本当に、少し不安になっただけ。
そのおかげでこんな可愛い恋人の姿が見れたのだから、良しとするか。
そんなことを思いながらコルテスは、未だ目の前で真っ赤になって暴れ続けるイドに口付けた。
鎮静効果を引き出す代わりに鉄拳が飛んできたのは、言うまでもない。
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