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 3



*

あ の あ と 。 イドルフリートもさすがに毎度まいどあんな風に心臓つかまれて襲われたらたまらないと思ったのか、コルテスへの風当たりは弱くなっていた。そんな折。

「なぁコルテス」
「んだよ」
「君はなぜ、あの図書館の、あんな本に封印されていたんだい?」

出会った時から気になっていたこと。さらりと言われたから今まで気にも留めなかったが、話の端々から考えるに、コルテスはとても長い間封印されていたようで。
そんな強い封印を受けるだなんて、こいつは一体なにをしでかしたんだ。それが気になってのこの質問。対するコルテスの答えは。

「あー俺世界滅ぼそうとしたんだよ一度」

はい?。 空耳が聴こえるなんて耳がおかしいのだろうかと、自分の耳をぺしぺしと叩いてから、イドルフリートがもう一度訪ねる。

「なぁコルテス。君はなぜ、あの図書館の、あんな
「だから世界滅ぼそうとしたら怒られたんだって言ってんだろ」
「・・・」

聞き間違いじゃなかった。

「・・・・・。君は、何を、しているんだ!?」
「いや・・・何と言われても。ちょこっとこの世界に興味があって覗きに来たらなんか武器持った奴らが襲ってきたから、やりかえしてやったんだよ」
「・・・で?」
「でって」
「それで?そんな小さなことが、なぜ世界を滅ぼそうなどという大事に発展したんだ」
「楽しくなっちゃって」
「・・・」

恐ろしい位の所業を恐ろしいくらいさらりと言ったコルテスに、思わずため息がもれる。
悪魔が降りてきたらそりゃ、昔の人間ならとくに、誰だって驚くし出て行ってもらおうとするだろう。それをやりかえそうというのはまあ、百歩譲って許せないこともない。自分だって恐らくやられればやりかえす。
それを楽しくなっちゃって続けて世界に手を伸ばしました?こいつはバカだ。
そう結論づけて、イドルフリートは自分の武勇伝を聞かせようとするコルテスの言葉を黙らせた。

*

夜。イドルフリートが寝ている部屋の隅で、うたたねをしていたコルテスは夢を見た。

昔むかし、自分が封印される前の夢。初めてこの世界に来て、この世界を見て、その壮大さ、美しさに感動して。その直後。自分を見た生き物・・・”人間”に、武器を持って襲われた、あの思い出。
最初は、降りた集落にいた人間たちが、恐れて襲ってきただけだった。ほかに降りてきたことのあった天使たちと違い、黒い羽に鋭い牙、黒い尻尾を持つ自分が到底崇めてもらえる外見をしているとは思っていなかったから、それはまだ許せた。

けれど、酷かったのは、その後。
別に害を与えに来たわけじゃない、そう言って引いてもらったのもつかの間。その集落の人間たちは、ほかの部落の人間たちを大量に集め、改めて自分に向かってきたのだ。

『悪魔め』
『存在自体が罪な奴め』
『何故ここへ来た』
『出て行け』

沢山たくさんかけられた罵りの、侮辱の言葉に、さすがに耐えられなかった。それで自分はその人間たちを滅ぼした。
そうしたら、さらにたくさんの人間が、襲ってきた。 繰り返すうちに、今で言うところの国一つが滅んでいた。

そこでふと思い出す。確か、そんな自分の隣に、いつも付き添っていた、人間がいた。
最初に降りた集落の人間で、そのときたまたま自分の言葉を聞いてくれて、その後もずっと、自分を襲おうとした人間に再三、こいつは悪い奴じゃないと、呼びかけていてくれた、あの人間。

「・・・あれ?」

が。
名前も、声も、姿さえも。なにも思い出せなくなっていることに気付く。
時間がたちすぎたのだろうか。そう思ってそのままにしようとした。

そのとき。


「?」

唐突に夢がさめた。 と、いうより、先ほどまでの夢が、消えたといったほうが、正しい。

「・・・おわ?」

さっきの夢が終わったならいい加減目覚めてもいいだろ。そう思ったとき。聴こえた、懐かしい声。

『お久しぶり、コルテス』
「・・・おまえ、何神っていうんだっけ。カミサマって、やたらとたくさんいるから名前わかんねぇんだけど」
『・・・そんなことはどうでもいいです。それより』

生きて、いたのですね。その言葉に、嘲るような笑いを返す。

「生きていたって・・・俺を封印したのはあんたらだろ。封印ってのは死ぬわけじゃない、しばらく頭を冷やせっていったのは確かあんただ」
『よく覚えてますね』
「んなことより、何の用だよ」

何千年も封印しといて、目覚めた途端おはなししましょうってか。敵意むき出しでそういうと、相手はそれを軽くあしらい、本題に入った。

とても、あっさりと。さらりと告げてきた。とても、重い用件を。

『あなたが今一緒にいる人間。あの人間を、殺しなさい』
「・・・は?」
『わかりませんでしたか?今は、えっと・・・イドルフリート、とか言うんでしたっけ。彼』
「いや、意味がわからねぇよ。なんでイドを殺さなきゃいけねぇんだよあれは俺の玩具だ!」
『・・・仮にも契約主を玩具呼ばわりするところは、変わってませんよね』
「はぐらかすな!」
『わかりません?貴方、彼を見て、何も思い出さないんですか?』

思い出すという言葉に、どこか引っ掛かりを覚えて黙り込んだコルテスを、見ているのかなんなのか。姿を現さない声が、説明する。

『彼ですよ。貴方がこの世界にいた間、ずっと貴方の隣にいて、たった一人、貴方を支え続けた彼です』
「・・・あ」

数千年という時間のせいで、忘れていたのだろうか。
先ほどの夢で思い出しかけた彼。イドルフリートは、彼に瓜二つだったのだ。どうして、今まで忘れていたのだろう。初めて顔を見た時も、思い出すことはおろか、気になることさえなかった。

固まってしまったコルテスに、カミサマがもう一度言う。『彼を、殺しなさい』。

「・・・なんで」
『簡単なことです。彼と貴方、二人が揃えば、またこの世界は滅びます』
「だからってなんで、あいつを殺さなきゃいけねぇんだよ!」
『だって貴方、世界が滅ぶと大変だからもう一度寝るか死ぬかしなさいっていっても、従わないでしょう?』

絞り出すような反論を、ぺしりと叩き潰す。容赦のなさは、変わってないなと、ぼんやりと思った。

『なぜこだわるんです?別に貴方は、自分の命より人の命を優先するような奴ではなかったでしょうに』
「そうだけど・・・」
『だったらいいでしょう。ちなみに、彼を殺さない場合は、貴方に死んで頂きますからね』
「・・・」

返事をできずにいたら、それを了解と受け取ったのか、懐かしいカミサマの声は、それっきり聞こえなくなった。

ぽつんと一人になったところで思う。
そういえば、自分の隣にはいつも、彼がいて。
今はイドルフリートがいるから。

自分は一人になったのは、初めてだな。

*

次の朝。目が覚めてベッドの上でのびをしているイドルフリートを、コルテスは頭の中でどう殺そうか、考えていた。

*

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