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*

夜中。自室のベッドの上で、イドルフリートは息苦しさに目をさました。
腹から腕にかけてのずっしりした重さと、夢から引きずり出そうとする誰かの呼びかけに、渋々目を開けると。

「……………は?」

なにかいた。

「誰か」ではなく、正真正銘「なにか」。だって。
普通の「誰か」だったら、こんな、わずかな月明かりだけで分かるような色の悪い肌も、黒くてやたら長くてやけに鋭い爪も、「なにか」の後ろからちょろりと覗く、真っ黒な、羽も尻尾も、持ち合わせていないと思う。

「は…え、えぇえ?」
「お、やぁっと起きたか人間」

ぱぁっと笑ったときにちらりと見えた八重歯も、やっぱり人間離れしていて。

「……っ!?なっ、なっだっ誰だ君は!退けっ!!」
「俺の名はエルナン・コルテスだ、'君'じゃねえ。つか貴様こそ名前を教えろよ人間。俺を起こしたのは確か貴様だろ?」
「おっ起こした?」

一瞬だけ抵抗を止め、考える。起こしたってなんだ。そんなおかしな行動を、自分はいつとった。
考えて。

「あ」

思い出す。
昼間の寂れた図書館。だいの本好きなイドルフリートは、以前たまたま森を通りかかったときに、共にいた友人にここの奥ふかくに図書館があると聞き、今日一人で行ってみたのだ。
本は沢山あったけれどどれも外国語で、しかも言葉じゃないようなものも沢山あって。持ち前の語学力だけじゃ到底手に負えないと判断したイドルフリートは、ほんの一時間足らずで出てきたのだ。
けれど。

「あ、あれでどうしてそんな…」
「貴様、そんなかで一際古くさい、図形ばっかの本、開かなかったか?」
「え」
「しかも、開けっぱなしで放置しただろ」
「あ」
「あの本、俺が封印されてたんだよなー。貴様がまんまと開きっぱなしにしてくれたお陰で、出てこれたっつー訳さ」
「んな…っ何をそんなファンタジーみたいな事を…!!」

信じられんそこをどけ、と。また暴れ始めたイドルフリートの上で、コルテスが困ったように言う。
「んなこと言われても」。「とりあえず、契約をしてくれねーと」。

「け、契約?」
「ああ。俺はとりあえず貴様に呼ばれちまったってことだからな。悪魔が現世に留まるには、人間に魂の契約を結んでもらわなくちゃいけねーんだ」
「たた、魂っ?」
「簡単なことさ。貴様が死ぬまでは俺は貴様の言うことをなんでも聞く。その代わり、貴様は死後、俺に魂を譲る」

まぁ、魂喰われるわけだから、転生とかはできなくなるけどな。相変わらず物騒な八重歯を覗かせてからからと笑う悪魔とやらに、イドルフリートは戦慄する。こいつ今、魂とか言わなかったか?

「ふっ…ふざけるな!誰が信じるかそんな話!!いいから退けこの低能!!」
「悪魔に向かって低能呼ばわりか…いい性格してんな。契約主として不足はない」

突然。コルテスが、くいっと指を一本振る。その長くて綺麗な指の動きに合わせるように、先程までベッドサイドにあったはずの小さな花瓶が、イドルフリートの真横に飛んできて割れた。
それを呆然と見るイドルフリートに降りかかる、「これで信じただろ?」という得意気な声。が、しかし。イドルフリートも負けず嫌いだから。

「そ…っそんなの、手品で誰にだってできる!こんなのが証拠になるか!」
「…ふーん、そう」

笑いをすっと引っ込め、コルテスがイドルフリートの喉をかりっと引っ掻く。痛い、そう思った次の瞬間。

「ーーー、…っ!?」
「これでもまた、信じねーか?」

突然声がでなくなり、ついでに言うとからだの自由も利かなくなったイドルフリートの頬やら首筋をするりと撫でつつ、コルテスがにやりと笑う。

「なあ、いいだろ?契約、してくれよ」
「…っ、ーー!っー!!」
「別に損な話じゃないだろ。貴様見たところ来世なんざ気にもかけなそうだし…俺という悪魔を使役できるんだ、結構得だぜ?………はぁ」

いってる間も必死に抵抗しようとするイドルフリートを見て、コルテスがため息をつく。駄目か、そう呟いて。
空中に小さく文字をかき、そのままイドルフリートの胸をとんっと叩いた、その瞬間。

「っ、ぁ……あっ!?」

声が出るように、体が動くようになったと、思ったとたん、締め付けられるような胸の痛みに襲われる。信じられないと見開いた、その目に映ったのは、冷たい笑みを浮かべる悪魔の顔。

「苦しいだろ?」

にやにやと。意地悪くコルテスが訊いてくる。

「心臓を掴んでるからな。…握り潰すことも簡単だ。もちろん今死んだらその身ごと魂は喰う。どうする?契約して人生とやらを満喫して人間らしく死に、俺に魂だけを喰われるか、今すぐ死んで俺に全て喰われるか……つーか契約してくれねーと上がうるせーんだけどな」
「っー!」
「…選ばせてやるよ、どっちにする?」

選ばせるとか言っといて、それ結局私は喰われる運命なんじゃないか、とか。言いたくても苦しさで呻き声しかだせないイドルフリートは、力を振り絞ってこくこくと頷く。その瞬間消える苦しさ。

「っげほ、けほ…っかは、っ!!」
「よし!素直なやつは嫌いじゃないぜ!さて」

ぜいぜいと息をするイドルフリートにずいっと顔を近づけ、冷たい息をかけながらコルテスが尋ねる。

「名前と、契約条件を言え。それで俺とお前は、契約成立だ」
「…っ!」

怖いくらい嬉しそうに囁く目の前の異形を、今改めて"悪魔"なんだと感じた。

*

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