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 「嘘と慟哭・下」 ◆楽曲



*

それから数年。相も変わらず国の民は鬼を忌避し、近寄るなと言う。そんななか、こっそり会いに来る、人間一人。
密やかな、ただし確かな絆が、そこには出来上がっておりました。相も変わらず愛を囁きあい、昔に交わしたあの約束を、本気で一生突き通すかのような姿で。幸せそうに、しあわせそうに。

そんな折。

「なんだか、とてつもなくきな臭くなってきたな…」

何時ものようにコルテスと森を散歩していたイドが、ふと国のほうをみて呟く。

最近になり近隣諸国の情勢が悪化、この国も含めて、そこかしこで戦ばかり。
遠くとおくにあがる煙をみて。

「まったく…どうして人間は、こうも愚かで考えなしなのだろうな。力がないなら戦わずに、頭を使えばいいだろうに」

ああ、それができないから低能なのか。そこまで言ったとき。

「コルテス?」

なにもしゃべらないコルテスが気になり、つとそちらを見ると。

「…コルテス?」
「え、あ、わりぃ、なんだ?」
「いや…君、どうした?今日はやけに元気がないな」

何かあったか、そう問うてくるイドに手をふり、なんでもないと伝える。それでもやっぱり元気がないように見えるコルテスに、イドが手を伸ばしたとき。

「ほんとに、人間なんて、愚かだ」
「コルテス…?」
「あ、いや、なんでもない」

すぐに笑顔になったコルテスにぼすんっと抱きつき、イドが耳に口を寄せて、はっきりと言う。

「コルテス、勘違いするなよ」
「イド?」
「私は、森のそとの、あの連中をさして言ったんだ。君のことじゃあ、ない」
「…イド」
「だいたい」

大好きな愛している相手を、愚かだとか思うわけ、ないじゃないか。
そう拗ねたように言うイドを思いっきり抱き締め、口付けを送る。

「っん…」
「…イド、俺たち、ずっと、一緒だよな」
「コルテス?」
「ずっとずっと、一緒にいよう。愛してるよ、イド…っ!」
「コルテス…」

何かあったな、そう思いはしつつ、震えるからだを抱き締め返し、もちろんだ、イドは答えた。


それから数日後。コルテスは、ぱったりと森に姿を現さなくなった。

*

1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎ。
国の情勢もさらに悪くなり、国内でも戦が始まるようになってもまだ、コルテスは姿を現さない。
2年が過ぎる頃には、国全体が荒れ、イドのいる森にもよく人が入り込むようになった。大抵は死が間近な、傷ついた哀れな人間だけれど、たまに。

「貴様がいるからこの国に災いがもたらされたんだ!」
「出ていけ!」
「殺してやる!」

暇で低能な人間め、そうは思いつつも、やっぱり数でこられると自分に不利なわけで。
自分を襲うものから逃げるうち、だんだんイドにも居場所が無くなってきた。

「コルテス…っ」

思い浮かぶのは愛しいいとしい彼の姿。あの低能、私を放っておいて、どこで何をしているんだ。

「ずっと一緒だって言っただろう、低能め…っ!」

あちこちで情報をあつめると、分かってきたのはコルテスが西方の戦地に向かわされたということ。
戦地なんてそんな、じゃあ自分はどうすれば。
森から出たこともないのに。

「探しに…行かないと…」

ふらり。立ち上がり、森の入り口に向かう。そうだ。いないなら、会いに行けばいい。いないなら、探しにいけばいい。


それまで1度も森を出たことのなかった鬼は、愛しい彼を探すため、唯一己を守ってくれていた森から、脱け出しました。
それは、大変たいへん思いきった決断。森を出れば、たちまち自分の身は危険にさらされるというのに。

森を出た鬼は、ひたすら西を目指しました。愛しい彼が、向かわされた西へ。途中にたくさん追われ襲われ、傷付いても。それでも鬼は、彼に会うため足を止めませんでした。

そして。


「…?」

森を出て、10日あまり。もうすぐ日が上るのであろう、辺りが薄明かるくなってきた頃。イドの行く手を阻むように、道に転がる小さなぼろきれ。

近づいて行けば、だんだん形がはっきりしてきたそれは、倒れた人間だと分かり。

そろり。うつ伏せだった顔を見て。

なによりさきにイドに訪れたのは、「あぁ、やっと見つけた」という安堵。
張り詰めていた神経を一気に緩め、探し続けていた彼のそばに、すとんと腰を下ろす。
するりと撫でた頬に、こいつはこんなにも冷たいやつだったかと僅かに思考しながら、そんなことよりと口を開く。

「久しぶり、コルテス」

至極嬉しそうに。

「まったく、今までどこにいたんだ」

語りかける。

「大変だったんだぞ、色々と」
「君がいない間に私も沢山追われたぞ」
「戦も激化したし」
「というか君、何をしていた」
「なにも言わずにいなくなったりして」
「探したんだぞ」

「待ってたんだぞ、コルテス」


「コルテス?」


ゆさゆさ。
いつも昼寝から起こすように、ゆさゆさとゆする。
いつもなら、すぐに反応して、眠たげな目を擦りながら、起きてくれるのに。

ゆさゆさ、ゆさゆさ。


瞬間、理解した。
約束は、破られたんだと。
『ずっと一緒にいような』あの優しい言葉は、二度とは聴けないのだと。

戦か、夜盗かそれとも妖の仕業か。ぼろぼろになったその体を、掻き抱き抱き上げ。

喉が枯れるのも、潰れるのも裂けるのも気にせず叫ぶ。
地を揺らさん勢いで。物言わぬ愛しい彼に向かって。

「嘘つきめ!!」
「裏切り者め!」

「約束一つ守れぬ軟弱者め…っ!」

糾弾の声には途中から悲痛な色が混ざり。

叫びはて、彼を抱き締め疲れ俯く鬼の瞳から。

零れた光は。


*

これは、昔むかしのお話。
語る人も、いないくらい。
交わされた約束のことなど、忘れ去られてしまうくらい。

むかし、むかしのお話。

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