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 「嘘と慟哭・上」 ◆楽曲



*

昔むかし。語るものさえいなくなり、憶える人すらいなくなった、そんな昔。
時に掻き消された、そんなむかしのお伽噺。

*

小さな国の、その端。小さく広がる森の奧に、小さな小さな、それはそれは美しい鬼がおりました。
金の髪に、翡翠の瞳、白磁の肌。異形だといわんばかりに生える、2本の角。

人間というのは、己と異なる存在を徹底的に避けるもの。この美しい鬼もまた、森の奥深くに、息を潜めて暮らしておりました。

そんなとき。

がさりがさり。
森の仲間に挨拶をしていた鬼の耳に、誰かが草を踏み鳴らす音が届きました。

「…!」

お話をしていた兎や蝶たちを逃がし、身構えた鬼の前に姿を現したのは。

「に…人間…っ!」

転がるように草むらから出てきたのは。見た目は鬼と同じくらいの。若いわかい、人間。

「え、あっあれ?此処どこだ?」
「…」

どうやら迷っているようす。

「…低能が」
「おわっ!お、鬼!?」
「…今更か…」

むやみやたらと警戒するのがバカらしくなり、ほんの少しだけ表情をゆるめた鬼に、青年が尋ねます。「ここ、どこだ?」。

「ちょっとふざけて森に踏み込んだら帰り道分かんなくなって…」
「低能だな」
「おまえ口悪いな…」
「低能を低能といって何がわるい。人間が阿保なのは知っていたが、君はそれを通り越して低能だな」
「一言のなかに低能を3回もいれるな悲しくなるから!」

はたと。そこまで言って、言葉が止まる。鬼が怪訝そうに様子をうかがうと、驚いた表情の青年の口からぽろり、思いがけない言葉がこぼれ落ちる。

「おまえ、面白いやつだな」

…。

「…はぁあ?」
「いや」

青年が、不思議そうに言う。

「おまえ、鬼だろ?国じゃさ、森にいる鬼はとても怖いやつで、近づくととって喰われてしまうから、決して近づいてはいけないって言われてんだよ」
「…」

それは、知っていること。鬼として生まれたときから、今までずっと、言われ続けたこと。
けれど。

「でもさ。おまえ、すごく面白いやつだな!おれ、お前みたいに初めてなのになんの遠慮もなく話できたやつ、初めてだよ!」
「人との付き合いが下手なのだな!」
「ちげぇええ!」

ほらまた。ふたり同時に吹き出し、改めて青年が言う。

「俺の名前はコルテス。良ければ名前、教えてくれよ」

嬉しそうに差し出された手をみて、顔をみて、もう一度手をみて。

「…い、イド、だ」

おずおずと差し出された腕を掴み取ってぶんぶんと振ったコルテスが、イドに殴られたのもまた楽しい光景でしたとか。

*

「おまえ、本当に面白いやつだな!おれ、イドのこと好きだぜ!」
「誰に向かっていっているのか、理解しているのかい?」
「イドだろ?」
「…鬼に向かって好きとか普通言うか、といってるんだ」
「気にしたら敗けだ」
「勝負だったのか」

あれから。人間―コルテスは、皆の目を盗んでは、鬼であるイドのところに遊びに来ていたのでした。
仲良くてなかよくて、いつもいつも一緒。イドも、森の奥からでてはないけないと分かってはいつつ、ついついコルテスを迎えに行く始末。
ふたりはまるで、ふたりで一人のような、いるのが当たり前であるような、そんな関係でありました。

「しかし、好き…か」
「どうした?」
「いや。このまま一生一人で生きて、一人で死んでいくんだと思っていた私が、まさか他人に好きだと言ってもらえるとは思ってなくてな。不思議な気分なんだ」
「んだよ、そんなことか」
「そんなこととはなんだ」
「ははっ!」

いいじゃねえか、そういって草原に寝転んだコルテスの胸に、イドも自分も頭を預ける。
のんびりとした空気のなか唐突に。

「なぁコルテス、約束しておくれよ」
「約束?」
「ああ」

イドが、コルテスの目を見て言う。

「わたしに、嘘をつかないでくれ」
「嘘?」
「…ずっと、一緒にいてほしいんだ。四六時中というわけではない、今みたいな関係を、これからもずっと、続けてほしいんだ」
「んー、それと嘘と、どう繋がるんだ?」

聞くとイドは、少々恥ずかしそうに。

「…今私が言った言葉を、嘘にしないで、ほしいん
「おまえかわいい」

最後まで言わせずにコルテスが抱き締める。ぎうぎうと強くだかれ、もがくイドに軽く唇をおとし。

「当たり前だろ!俺が、頼まれたってイドを手放したりするもんか!」
「…本当か?」
「俺が嘘ついたことあるか?」
「この森を出てすぐのところに城があるというのは嘘だった鳥と話せるというのも嘘だったあと」
「だああああああもういい!!」

記憶力抜群のイドがまってましたとばかりにつらつらと嘘を並べる。それを慌てて遮りつつ。

「とにかく!俺は、イドがついてほしくないと言った嘘は、絶対につかない。この身にかけて、約束する」
「…本当、かい?」
「ああ!」

ぎゅうっと強く抱き締めなおし。

「ずっと、一緒にいよう、イド」
「ああ、約束だ」

しあわせいっぱいなまま、ふとイドが言う。

「そういえば、コルテスは?」
「俺?」
「あぁ。私は約束をしてもらったが、君はなにもしなくていいのかい?」
「あー俺か…」
「なんだい?私にできることならば、なんでも守るぞ」

しばし考え。
ぱぁっと、あげた顔で告げた願いは。

「じゃあ、おまえは、いつでも笑っていてくれよ」
「は?」

にこにこと。不思議そうなイドの頬をなでつつ、コルテスがいう。

「おまえの涙なんて、見たくない。ずっと、笑っていてくれないか、イド」
「…それが君の、願いかい?」
「ああ、そうだ」

じぃっとコルテスの目をみていたイドが、にこりと笑う。

「ふふっ、いいだろう。私は、君といる限り、決して涙は見せない。笑みを絶やさぬと誓うよ」
「約束だぜ、イド!」
「わかったといっているだろうこの低能!」


すごくすごく。誰もが羨ましくなるくらい、幸せな光景でありました。

*

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