テキスト | ナノ
 


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*

新しい任務遂行のために来ることになった研究所は、深いふかい山の奥森の奥にあり、来るだけでも難儀な場所にあった。
そこで人体実験並びに兵器の開発を行っているとの極秘情報をつかんだため、急遽潜入、及び情報の真偽の確認、そして真だと分かれば情報はすべて持ち出し、研究所は跡形もなく破壊しろ。
そう命じられてやってきたコルテスだけれど。

「いや・・・そんなおっそろしく大変な内容を一人に押し付けるとか頭おかしいだろ・・・」

そりゃまぁ、コルテスは組織の中でも相当な手練れだから。おまえならその位朝飯前だろうとでも思われているのかもしれないけれど。
怪しまれないよう用意した「本日付で此処に通うことになった、おどおどとした弱気な青年」を演じつつ、コルテスは内心呆れ返っていた。
だいたいなんだ人体実験並びに兵器の開発って。SF映画でもあるまいし。悪ふざけも大概にしてほしい。

そう思いながら挨拶をする。

「き、今日からよろしくお願いします」
「ああ、君がコルテス君か。よろしく、私はここの所長だ」
「よっよろしくお願いします」
「はは、そんなにおどおどせんでいいよ。早速だが君には、No.110の観察役にあたってもらう」

きょとん。

「な、なんばー110?」
「ああ、言い忘れていたよ」

聞きなれない言葉に思わず聞き返すと、所長がにっこりと笑って説明する。

「此処にはたくさんの『モルモット』がいてね。世話係が足りなくて困っていたんだ。だから君にも、早々に仕事を覚えてもらわねばならない」
「はぁ・・・」

実験動物がいることは理解した。さてでは、この状況がどう転ぶのか。
そう思いながら前を歩く所長に付いていきつつ所内を観察していると。

「おお、丁度よかった」

立ち止まった二人の先にいたのは、研究員らしき男が二人と、その後ろをついてくる、小柄な青年だった。

「どうだった」
「ダメですね。やはりこの薬だと副作用が強すぎます。吐くばかりで到底使い物にはなりません」
「そうか・・・」
「え、ちょ・・どういうことです?」

慌てて質問をしてきたコルテスを、二人の研究員が訝しむように見てくる。所長がコルテスの肩に手を置き、説明をする。

「彼は今日付けで入ってきた新規の研究員だ。性格は少々弱気なところがあるが、成績は大変優秀だ。鍛えてやってくれ」
「はい、わかりました」
「あと、彼はソレの担当だ」

ぴしり。思考が一瞬停止する。それも了解しました、そういう研究員の言葉を、信じられない思いで聴く。
今この所長は、自分を「ソレの担当だ」とか言わなかったか。あの、後ろでぼんやりと立っている、ひどく顔色の悪いあの青年の、担当だと。
確か自分は、No.110の、『モルモット』の担当だといわれたはず。つまり。

ビンゴ。入ってきた情報は、真だった。ここは、人体実験をしている。あとは、兵器を作ろうとしているという証拠を見つけ出すだけ。
そうすれば後は。

「・・い、おい。コルテス君、聴いているのか?」
「え、はっはい!?」
「まったく・・・話はしっかり聞いておいてくれ」

考え事のせいでぼーっとしていたらしい。慌てて姿勢を正したコルテスに、所長がさっそく彼らの後についていくようにとの命を出す。
見れば研究員とNo.110とかいう青年が、すでに通り過ぎてどこかへ行こうとしているところだった。

「早くしてくれないか、僕たちはこの後にも実験を控えているんだ」
「は、はい・・!」

足早に去っていく彼らを追いかけながら、情報をどのように奪うか、どのようにここを破壊しようか、さっそくそんなことを考え出したコルテスだった。

*

「えーと。今日付けで君の観察役に任命されました、エルナン・コルテスだ。よろしく」
「・・・」

まるで監獄のような質素な部屋にNo.110とやらを連れて行き、そこでしばらく経過観察をしたのち、他の研究の手伝いをすること。
そういわれたコルテスは、青年を部屋に送り届け、さっそくコンタクトをはかることにした。
頑丈に守られた情報を無理やりに暴いて奪うことは大変難しい。けれど、このようにたくさんの情報を持ちながら、無防備に自分の前に晒されているものから必要な情報を聞き出すのは、とても容易い。
と、いうわけで仲良くなってごっそり情報いただいちゃおう作戦だ。

「・・えーと。とりあえず、名前教えてもらっていいか。No.110とか、どうせただの識別番号だろ?」
「・・・」
「・・・おい、訊いてるか」
「無い」

冷たく感情のこもらない目でこちらを見てくるだけの青年に、少しだけ語気を強くして聞くと、さらりと短く単語を告げられる。
無いって。それはないだろう。

「えっとだな・・おまえだって、ここで何か名前で呼ばれてたりするだろ、それを教えてくれって言ってるんだが」
「だから、無い。私はただ110番と呼ばれているだけだ」
「110番て」
「実験体No.110。目の前で説明されただ、ろ・・・っ」
「え、ちょ、おい?」
「うえぇ・・っげほ、おえ・・っ!」

突然吐き出した青年の背中をさすりながら、慌てて誰かを呼びに行こうと立ち上がる。そういえばこいつ、さっきからずっとひどい顔色だった。
が。弱くよわく白衣の裾を引っ張られる感覚。振り向くと、震える手で白衣をつかみつつ、信じられないという顔でこちらをみる青年。

「おい離せよ!誰か呼んでこねぇとおまえやべえだろ!」
「・・っ君は、本当にここの職員か・・・?」

口の周りについた胃液を腕で拭いながら、怪しげにコルテスをにらみつける。

「君の仕事は、あの薬を飲んだ私がどんな反応を示すかを観察・記録することだろう。なに他の者を呼びに行こうとか言っているんだ」
「はぁ!? あ、いや、確かにそれはそうだけどよ!だってお前、すげぇ具合悪そうじゃねぇか!んな状態で放っておけるかよ!」
「・・・ああ、君、新人か。どうりで此処のことを知らないと思った」

ぱっと手を離し、部屋の隅のベッドに腰掛けつつ醒めた目でコルテスを流し見る。

「だったら早く慣れ給え。新人に観察されることほど面倒くさいことはないんだ。訳も分からず吐く度ぎゃあぎゃあと騒がれてたらたまらない」
「はぁ・・!?おまえそれ、どういう」
「もういい黙ってくれ」

ぽすんとそのまま壁に寄りかかり、おとなしくなる。とにかく今の状態の彼を、言われたとおり観察・記録するために用紙とボードを取り出して自分も壁に寄りかかる。

先ほどからの彼の言葉をもとに考えるならば、彼は何らかの薬物投与のせいでこうなっているということだ。それも、恐らく非正規の、実験段階の薬品で。
それだけでも許せない事なのに、それを彼は全くおかしいと思っていない。ということは、こんなことが日々繰り返されているということ。

「おい、質問していいか」
「・・・なんだ」
「ここ、ほかにどんな実験してんだ」
「・・・はあ。本当に何も知らないんだな」
「だから聞いてんだろ」
「すぐに分かる。用紙に書かれている通りの時間だけ観察したら、すぐにほかの実験に駆り出されるんだろう。だったら説明する必要はない」
「んだよそれ・・・」
「煩いな・・・おとなしく観察してればいいだろうと、何度言わせれば気が・・・・っげほ、ぐぇ・・っ」
「お、おい・・!」
「うるさ、い・・・っ」

駆け寄ろうとして、手だけで止められる。おとなしく観察していろという、静かな拒絶。

その後『110番』の彼は、自分が観察している時間内には吐きやまなかった。観察用紙を持って、即座にあの薬はだめだと伝えに行った。

*

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